ある日の三年一組


同じクラスになると、今まで見えていなかったことも見えてくるもんだ。例えば、栄坂が他の男と話している姿だとか。栄坂が他の男子に名前を呼ばれるだけで赤司の機嫌は明らかに悪くなっていった。「…どうやって消そ…追い払おうか」と小さく呟いたのもしっかり聞いた。

一方、栄坂の方は専ら赤司以外にはてんで興味がないらしく、赤司が授業中に発言するだけでウットリとした表情するのも俺はさすがに見飽きた。授業に集中していない栄坂はよく当てられるが、なんだかんだどんな問題も答えるから器用なヤツだと俺は密かに感心している。



ある日の昼休み。緑間は弁当を忘れたらしく、俺らのクラスにやって来た。そしてなぜか栄坂が緑間の弁当を持っていたので理由を聞けば、「緑間のお母さんに届けてくれって頼まれたんだよ」と、初めて家族ぐるみの付き合いがあったことを知る。

無事食料を手に入れ自分の教室に帰っていったはずの緑間だったが、すぐに物凄い形相をしながら戻ってきた。手には先程のお弁当を抱えている。「卵焼きが入ってなかったのだよ!」緑間に指差された弁当を見ると、そこには確かに不自然な飽きがあった。「何のことかわかんねー」と栄坂は明後日の方向を向く。「とぼけるな!口元に卵焼きの欠片がついているのだよ!」「しまった!」など二人でぎゃーぎゃー言い合っているのを、赤司はうるさそうに最初は見ていた。「だって緑間のお母さんの料理美味しいんだもーん」なんて言う栄坂は少しも悪いなんて思っていないようだ。「何なら出そうか?」と口に手を突っ込んでうえっぷなんてやり出す始末だから、完全にからかっている。

そんな栄坂に緑間は「まな!いい加減にするのだよ!」と怒鳴りつけた後、「だいたいお前はいつもいつもなんたらかんたら〜」と説教を始めたもんだから、俺は思わず耳を疑った。(今、下の名前で呼んだ?まなって呼んだ?)…いやいや聞き間違いだろう。だってこいつらは全然仲よくないはず「うっせーな真太郎」うわまじかよ。

これにはあの赤司も少なからず予想外だったらしい。箸を持つ手がぴくりと動いた。そんな赤司に気付くことなく、緑間は一人でまくし立て、栄坂は「あーはいはい」と聞き流す。お互いに対する遠慮のなさ、そして昔からこの行為を繰り返していたのだろうか、いわゆる慣れを感じて、緑間と栄坂が幼なじみだというのは強ち都市伝説ではなかったと知る。

「とにかく、奪われたものは返してもらうからな!」

緑間は栄坂の手から無理やり箸を奪い取った後、今度は栄坂の弁当の卵焼きを狙い始めた。「やーめーろー早起きして作ったんだ!」「俺の母さんだってそうだ!」緑間は栄坂の小さな箸を器用に使いこなし、栄坂を牽制しながら卵焼きを奪おうとする。

「馬鹿真!卵焼き一つで何ムキになってんだよ!」
「何度目だと思っている!さすがに我慢の限界だ!」

正直、俺は緑間と栄坂は仲が悪いと思っていたから(去年同じクラスだったが必要最低限の会話をしているところしか見たことがない)このじゃれ合いを物珍しさにワクワクしながら見ていたのだが、隣の赤司は黙々と弁当を食べているように見えて内心はかなり苛々しているようだった。目蓋がひくついているからすぐにわかる。

「きゃー!真太郎の鬼畜!外道!」

攻防の末、緑間が卵焼きを勝ち取ったようだった。このままではいわゆる、か、かか…間接キス、になるのだが栄坂はそんなことより緑間の口へ運ばれていく卵焼きを嘆いている。(もはや間接チューなんて気にしない関係なのかもしれん)

「なっ赤司!何をする!」

ついに赤司が動いた。さすがに見ていられなかったのだろう、緑間から華麗に箸を奪いさる。その動作が優雅過ぎて、栄坂も俺も一瞬何が起こったのかわからなかった。赤司はまるで自分のものですという態度で栄坂の卵焼きをもぐもぐと咀嚼した後、何事もなかったかのように「喧嘩するな。まなも悪いが緑間も大人気ない」と栄坂に箸を返した。

「なっ…!」

納得のいかない緑間が口を開いこうとしたが、赤司が「…何か文句あるか?」とかなりお怒りのようだったのでさすがに黙った。



(…嫉妬?)
- ナノ -