(※準決勝後)
「ない!私のリンゴジュースが、ない!」
誰だ!人のものを盗む最低なやつは!と私は今、大いに憤慨している。試合が終わった後、少し席を外したのがいけなかったのだろうか!
(何かこんなん前にもあったぞ!)
思い出される、ネックレス。くそ。あんなに反省したというのに、これでは全然学習していないのと同じではないか。
「…はあ」
自分の馬鹿さ加減に、思わず溜め息が。
(…まだ中身あったのに。半分くらい残しておいたのに。最後はちびりちびりと吸うのが好きなのに)
誰だか知らないが、この私からリンゴジュースを奪うとは良い度胸である。どうでもいい情報ではあるが、言わせてもらいたい。私がこの世で一番好きなものは、リンゴジュースとイシツブテと赤司だ。さらにどうでもいい情報ではあるが、次点でしげっち、ココア、太木数子と続くのだ。
くそ、
たかが120円されど120円。
思わぬところで痛い出費だが、私はリンゴジュースが大好きなんだ。
(…もう一本買おう。悔しいけど)なんて泣く泣く財布を取り出していると、「よお、まな」「うきゃあ!」突然の膝かっくんの襲来により地面に崩れ落ちてしまった。なんということだ。
(び、びっくりした…!)
ああ、くそ、こんなところで青峰と出会ってしまうとは。しかもこいつ、明らかに私のリンゴジュースを飲みながらニヤニヤニヤニヤしているではないか。くそ、本当になんということだ。
「…今すぐそれを返すか私に馬乗りになられるか選びなさい!」
「馬乗りで」
「出来るわけないでしょ!」
リンゴジュースに手を伸ばすが、ひょいと避けられてしまった。(ぬぬぬ!)「ジュースって甘過ぎねえ?」と言いながら紙パックのそれをちゅうちゅうどころかズウズウ吸う青峰が憎くて憎くて堪らない。
「か!え!せ!」
「…んー、」
「ぎゃ!!」
いつかのように無理やり口をこじ開けられかけたので急いで距離をとる。「…そういう意味じゃない!」「お前が返せって言ったんだろ」とニヤニヤニヤニヤ。「そういやお前、熱下がったの?誰のおかげかな」ニヤニヤニヤニヤ。むかつく!むかつく!
思い出させんな!
一人地団駄を踏む私を見て愉しそうに笑った後、「なあ、見た?俺の活躍」なんて聞いてくる。(…ふん!)言っとくが私は、
「…もしかしていつものごとく赤司しか見てないってやつか?」
その通りである。一応、頷いてやると青峰は「口で言え」とじりじりと近寄ってきたので私の中で警報が鳴った。「…青峰なんかこれっぽちも見てない。とんでもない体制からシュート打つところなんて絶対見ていない」と吐き捨てると、青峰は怒るでもなく「だろーなー」と言った。
「俺のボールさばき見てないとか可哀想なやつだ」
「黙れナルシスト」
と言うことは言うがそれは建て前で、(見てないわけないだろ。嫌でも目の端に映ってきたわ)というのが本音である。
「そういやお前、帝光の応援席居なかったろ。何でまたこんな一般席に」
「…仕方ないじゃない。赤司のおっかけに栄坂先輩の席はありませんって言われたらさ」
「お前…」
可哀想な子を見る目で私を見るな。(…べ、別にいいもん高尾君っていう新しいお友達が出来たもん。全然寂しくなかったもん)
悔しくなって何か言い返そうとしたそのとき、
「青峰君、ここにいたんですか。君がいないとミーティングがいつまでも始まりません。あ、栄坂さんこんにちは」
「あ、こんにちは黒子。試合お疲れ様」
ミーティング抜け出したのかよ、と非難の目で青峰を見た。
「いや、お前の姿が見えたから、つい」
(…うわあ)
早く帰らないと僕まで赤司君に怒られてしまいますと言う黒子に急かされて、青峰はようやく去っていった。はあ、やっと嵐は過ぎ去った、と私は一息ついた。……が、なぜかまた戻ってきた。
「…何だよ」
「今はいいけどよ、」
「は?」
「…今はいいけど、高校でもちゃんと日本一になってやる予定だから、そん時はちゃんと見てろよ!」
(…うわあ)
(今、ちゃんとって二回言った)
(ボギャブラリーない…)
何必死になってんの?という目で見つめると、もともと黒い肌が微かに赤黒くなっていく気がしないでもない。「そういうことだから!じゃな!」なんて言ってぴゅーっと再び走っていってしまう青峰の耳は完全に真っ赤だった。ザ・呆然である。口移しまで平然とやってのけておきながら、こんなんで照れるとはさすがピュア峰と言ったところか。野獣化してしまった青峰の付き合い方が分からず途方に暮れていたが、なんだかんだ根は変わってないのかもしれないと思った。
(ま、私は京都に行くんですけどね)
なんて思いながらも、自分の顔に手を当てると予想以上に熱かった。
青峰と顔をあわせると、怒りむかつき、悔しさ気まずさ、そしてついには恥ずかしさまで、様々な感情が途端に私の中に溢れ出してくる。
だから、早く京都に行きたい。赤司だけを見ていたい。
青峰との隠し事、全部無かったことにしてしまいたい。
「…受験頑張ろ」
そう固く心に誓った。
青さという無限の色彩
なんという純粋バカ。ああ、顔が熱い。