ロミオもジュリエットもお互いがいない世界なんて耐えられないと嘆いて死んじゃった。泣いた。

もしだよ?もしも私がこの世からいなくなったらどうする?

パタン、本を閉じて隣の赤司に聞いてみた。ところが赤司の方はちょうど良いところだったらしく、自分の時間を邪魔されたことに少しだけ不機嫌になった。

「…さあ」

それだけ言ってまたもや本の世界に戻っていってしまった赤司。別に、「そんなの考えられないよ」みたいな甘い言葉が欲しかったわけじゃない、わけじゃないけど。

「…寂しくないの?死なないの?」
「知らん。本に集中させろ」

言っときますがあなたがいなくなったら私は死にますよ毒薬短剣何でもござれと耳元で囁いてみても何の反応もなかった。…別に、別に甘い言葉が欲しかったわけじゃないけど。これはちょっと、ねえ。

「…あっそ」

ふん、どうぞ私のいない本の世界でも楽しんで。

このつまらない男を一人残して、私は黄瀬のところへ行くことにした。あー、むかつくむかつく。久しぶりに部活がないっていうから楽しみにしてたのに。らぶらぶちゅっちゅを期待してたのに。てゆかまず放課後デートが学校の図書室ってどうよ?二人で並んで本読むってどうよ?愛佳も美幸も紗弥加も志穂もみんなみんな放課後は彼氏と街に繰り出すって言ってた。カラオケとか映画館に行くんですって。私だってそういうのしたい。

ああ、みんなの現代風な彼氏が羨ましい。私の彼氏は、デートに図書室選んじゃうような、彼女ほったらかして本に夢中になっちゃうような、何とも古風で頭の固いやつですよ。まあみんなの彼氏より何倍もかっこいいことは否定できないけどね。

こういう時に便利なのが黄瀬だ。赤司に放っておかれた私は確実に私を構ってくれるだろう男のもとに行く。さあ、嫉妬しろ赤司。愛しの彼女が他の男と仲良くしてる姿に。

図書室から教室に戻ると、ちょうど補修のプリントとにらめっこしている黄瀬がいた。頑張ってるのはすごく伝わってくるが、残念なことにおつむがついていかないのだろう。プリントに書かれた黄瀬の回答の、何ともぶっ飛んでいることと言ったら。論理性の欠片もなかった。「ここと、ここと…ここ。あらら、よく見たら全部違うじゃないの黄瀬君。あんたこれくらいのも出来なくてどうすんの」「だー!」なんて。黄瀬のこういうところ可愛いよね、なんか必死で。

「はい全部消して。また最初から頑張りなさい」

もういいッスどうせ俺は馬鹿ッス、と拗ねだした黄瀬に、はいと消しゴムを握らせると、文句垂れながらも何だかんだ手を動かし始めてくれた。うん、やっぱり扱いやすくて可愛い。

「…まなっち、」
「んー?」
「実は彼女待たせてるんス」

その言葉に、(まなっち俺の代わりにやってよ)なんて隠された意味を読み取った。が!それでは黄瀬のためにならないのでここは無視する。

「彼女って智恵美?」
「違う違う、由衣」
「また変わったんか」
「一昨日フラレて、昨日告られたんス」
「ふうん」

黄瀬の彼女はコロコロ変わる。黄瀬だけじゃない、愛佳も美幸も紗弥加も志穂もみんなみんなコロコロ彼氏が変わる。「まなって赤司君ともうすぐ二年でしょ?飽きないの、お互いに」なんてよく聞かれるが、全く飽きません。「いろんな人と恋愛したいとか思わないのー?不思議ー」私からしたら君たちの方が不思議でございます。

「じゃあ由衣を大事にしてあげてね」

もし私がいなくなったらどうする?なんて聞かれて、自分は本が読みたいからって面倒臭そうに「さあ」なんて言うような男になっちゃダメだからね!と釘を差した。そんな私に黄瀬は動かしていた手を止めて、「赤司っちらしいッスね」なんて笑う。ほら、黄瀬は私と話すために手を止めてくれたわよ。赤司。

「…黄瀬みたいな彼氏がよかったな」
「そんなこと言うと赤司っち泣くッスよ」
「なんか黄瀬君少し嬉しそうだね」
「まなっち、冗談抜きで俺と付き合わない?」

手をとられ、真剣な目で見つめられれば。そんな黄瀬に私は冷たく聞いた。

「由衣は?」
「別れるッス」

殴った。「ヒドいッス!」大事にしろっつった後にこれだからだ。

「由衣泣かせたらただじゃおかないからね」
「俺はまなっちのためを思って!」
「残念。何だかんだ私は赤司が大好きなの。ここだけの話、実は愛してたり。それに黄瀬と恋愛とか私には無理だわ」

俺みたいな彼氏がいいんじゃ、と不満げな黄瀬に「ごめんねっ」とアイドルよろしく可愛くウインクしてみる。「…全然出来てないッスよ」だ、ま、れ。

「感情に任せてさ、思ってもないことスルリと言っちゃうことってない?」
「ええー」

「涼太!」
「あ、由衣」

そのときちょうど由衣が現れた。私と黄瀬のツーショットにあからさまに嫌な顔をした。「やっほ由衣」「何でまなと涼太が一緒にいるの?」あ、すいません邪魔者は帰ります。






(危ない危ない)数少ない女友達をなくすところだった。図書室に戻ると、赤司は私の姿を見つけたようだ。

「ああ。お帰り」
「ただいま」
「そろそろ帰ろうか。ちょうど終わったところだ」
「面白かった?」

あの本。私をほったらかしにして夢中になっていたあの本は面白かったですか。

「いいや全く」
「じゃあ何で」

じゃあ私の相手してくれれば良かったじゃん。あ、もしかして面白くもない本を読んでる自分格好いいとかそういうの?うわあ厨二乙。

なんて思っていると、「失礼なこと考えてるやつには渡さない」と手に持っている何かを隠されてしまった。「…何それ?」と私は首を傾げる。

「まなのレポート」
「…え?」

どうせ忘れてたんだろう。明日までに提出なのにどうするつもりだった。なんて赤司は言うけれど、いいえ違います。やるつもりがなかったんです。なんて。

(…てゆかあなた私の宿題してたの?)

確かそれは本を読んでレポートにまとめるとかそういう類の宿題だった気がするが。私は今日の夜にでもネットで検索して誰かがせっせと書いたものを丸写ししようと企んでいたのだが。

まさか赤司がせっせと書いてくれる羽目になるとは。頼んでもないのにまたどうして。

「ネットのを写すなんてもってのほかだからだ」
「だからって何で赤司がするの?いや有り難いけども」

本を読んでいたのも全て私の宿題のためだったのかとここでようやく気づいた。何ということだ、図らずも私は、人に自分の宿題をさせ自分はロミジュリを読んで号泣するという何とも最低女になってしまった。しかも勝手に拗ねたあげく他の男に告白までされてきた。うおおお何という最低女。

「…何で私にやれって言わなかったの?赤司にやれと言われたらいくら私でもちゃんとやったと思うよ」

ものすごい申し訳なさに包まれた私に赤司は、その方が時間かかりそうで面倒だったから、と。

「やる気のないまなにぐだぐだやらせるより集中した僕がやった方が何倍も早いと思ったんだ」

それにこうしてやった方がお前がこれに反省してこれからは自分でやろうという気になってくれるかと思って、なんて言われたら。ううう、その通りですねごめんなさいと反省せずにはいられない。

赤司はなんて私のことを考えてくれてるんだろうと感動した。そして「早く先生に提出してこい。久しぶりに街にでも行こう」なんてそれを手渡されたら、もう職員室までダッシュするしかないよね。

「どこに行きたいのか考えておけ!」

廊下を走る私の後ろから赤司の声が聞こえてきた。振り返って、私も大声で返す。

「街じゃなくて赤司の家がいいです!」
「カラオケや映画館じゃなくていいんだな!」
「実はそういうのにあまり魅力感じてなかったり!」

何が現代風な彼氏が欲しいだよ。これっぽっちも思ってないくせに。こうやってさ、感情に任せて思ってもないことスルリと出ちゃうことって、やっぱりみんなもあるでしょ?






赤司の家までの道を並んで歩いていたとき、突然赤司が言った。

「さっきの質問に答えてやってもいい」
「さっき?」
「図書室での」

ああ、あれか。ロミジュリに触発されてしたあれか。なんて思い出す。

「まなが死んだらじゃなくて、もしも元からまながいない世界だったらでもいいかい?」
「うん。別にどっちでも」

赤司は少し考えてから言った。

「正直な話、僕はまながいない世界の方が人間としてもっと強かった気がするな」
「人間として?」
「ああ。変に迷ったり揺らいだりとかしなかったと思う」
「ふうん」

私はそんなの人間らしくなくてイヤ。それに赤司は十分強いよ、と言う。赤司はそれを聞いて、少しだけ嬉しそうな顔をした。

「それで、ものすごく厳しいやつだったとも思うんだ。自分にも他人にも」
「今よりも?今もなかなか頭固いってのに?…いてっ嘘ですすいません」

暴力反対!

「それに、もしかしたら厨二全開の発言をしていたかもしれない。それを考えると恐ろしい」
「でも今も危ないときあるよね。実はすごくヒヤヒヤするときあるよ。……ううん、嘘だよ落ち込まないで」

赤司の自信に満ち溢れた発言超格好いいよ私は好きだよ、とフォローしてあげる必要があった。しばらくするとようやく顔をあげてくれた。

別に強くなくていいしこれ以上厳格な赤司なんて息がつまりそう。厨二病も恥ずかしいからやめてね、なんて笑いながら言うと、「全部お前がいない世界の話だろうが」と返された。

「でもさ、私がいて本当に良かったでしょ。私がいない世界の赤司君はきっととっても近寄りがたくてイタい人だったよ」
「…ふん」

あ、そっぽを向いてしまった。もう、こっち向いてよ。私だって赤司のいる世界で良かったってのに。いなくならないでねという願いを込めて最上級の愛を吐いてみる。

「大好き愛してる」
「いきなりなんだ」
「大事なことだからもっかい言う。大好き愛してる。…おいこっち向け」

どんな男よりも赤司が一番。古風で頭の固い(実はあんまりそうだとは思ってないけど)でも私のことを何よりも考えてくれてるあなたが好き。ああもっと良い言葉、見つからないもんですかね。教えてロミオ。

「征ちゃん耳赤いよ」
「うるさい」

何で赤司も私なんかが好きかなーと呟いたら、本当だよと言われた。






ああ神様。出来ることなら先ほどの私を殴って。まな、お前は本気でこの男に愛されてるんだよ、と暴力を持って教えてあげてほしい。


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