バスケ部を辞めます。

ふーん、そっか。



放課後の教室で。荷物を纏めながら。そう要件を伝えたのならさっさと帰ればいいのに、なぜか黒子は動こうとしなかったから。それ、桃井に言ったの?と気まずい間を埋めるように声を出した。「まだです」「ふーん。早めがいいよ」「はい」と、またもや黒子は帰ろうとしてくれないので。

グラウンドから聞こえる野球部の声が、普段なら気にもならないはずなのに、今だけはとても大きく聞こえて。「…怒らないんですか」なんて突然訳の分からないことを聞かれたから、は?と荷物から目を離して黒子を見た。真っ直ぐな視線がかち合って。「…何で私が怒るの?」困ったように眉を下げた私に同調するように、黒子も眉を下げた。

「栄坂さんなら怒るかなと

「だから何で」
「それは……」
「は?」
「でも、栄坂さんに怒られる理由なんて一つもないですよね」
「でしょ。ちなみに私は部外者だからこうやってわざわざ報告する義理もないよ」
「それも、そうですね。はは」

黒子が笑ったから、「…ははは」私も笑っておいた。愛想笑いとも言い難い、変な笑い方がお互いに気になる。ぎこちなさが伝わらないように伏せたい目を無理やりあげて、「…ねえ黒子、」なんて言ってからすぐに後悔した。気持ちに言葉は追い付かず、見つからず、行き場を失った思いをなんとか吐息に変えて、また再び口を閉じる。はい?なんて優しい目をして見つめてくる黒子に、ねえもしかしてバスケ嫌いになっちゃったの、なんて聞けないよねえ、と伏せるつもりのなかった目を伏せてしまって。

「…栄坂さん?」
「んん、何でもない」
「…そうですか」
「うん」

伏せた目をあげて黒子を見るなんて出来なかった。人の目を見て話しなさいとあれほど小さい頃から教わってきたのに。悔しさと悲しさが入り混じったような、何がしたいのかわからない気持ちから逃れたくて、ついには顔ごと下を向いてしまった。

黒子がバスケ嫌いになっちゃったのは、赤司のやり方が間違っていたから…?

バスケを否定されると赤司まで否定された気分になる。赤司を否定されるのは、辛い。だって赤司は、あんなにも一心不乱に頑張っている。

それにそこには、お兄ちゃんはバスケしたくても出来なかったのになあ、という嫉妬と呼ぶべきか迷う感情もあることも確かで。鉄の味が滲んできて、そこでようやく下唇を噛んでいたことに気がついて力を弱めた。

「…栄坂さん、こんなこと言うと、ほら、あれかもしれませんが、」
「?」
「…えっとその、…大丈夫ですよ」
「…は?」
「…その、栄坂さんが心配することなんか、何ひとつ、ありません」

だから何がだよ。

わっかんねーよ馬鹿だから。何言ってんだお前、と変な顔をする私に対し、「その、ほら、」と黒子は珍しく言葉に詰まっている。そして私の様子をちらと伺った後、意を決したように「僕は、…バスケ、嫌いじゃないです。それに赤司君だって」なんて言われてしまったらもう、「…何だ、そんなこと」と言いながらもこくんと頷くしかなくなった。何も伝えてないのに私の気持ちを全て汲み取ってくれたこの優しい少年は、まるで私を宥めるようにもう一度だけ、「…だから大丈夫ですよ」と穏やかな笑顔で繰り返してくれた。

でも、

でも、

「……でも、嫌いにならないように去るんでしょ?」

なんて。霞んだ声でこんなことを聞いてしまった私は、いわゆるケーワイで、空気を読めない馬鹿女なのだろう。困ったように笑いながら、どう返そうかと悩んでいるその顔が、黒子の答えの全てなのだと悟ることは簡単過ぎて、ああ聞かなければよかったなあと自分のアホさを今更になって後悔した。

「…黒子は赤司が嫌い?」
「いいえ」
「…好き?」
「……友達としては」
「そう」

仲間として、じゃなかったけど。

嫌いじゃないならそれはそれでよかったのかなあ、そう思わなきゃなあ。と思う私がいた。

「…ねえ黒子聞いて。赤司は自分が正しいと思い込んでる馬鹿だけど、」
「そんな馬鹿だなんて。怒られますよ」
「いいの。黒子にこんな思いさせるなんて、本当にあいつは、馬鹿なんだけど、」
「栄坂さん、」
「…だけど、赤司はいつも帝光バスケ部のこと考えてて、それで、それは赤司なりの、バスケの、」

愛し方だから、

「…はい」

だから赤司のこと嫌いにならないでね。と何とか笑った私に、黒子は穏やかな顔を見せてくれた。「…てっきり、僕が抜けたら赤司君が困ると栄坂さんに怒られるもんだと思っていたんですけどね」なんて今になってやっと本音を吐き出しやがったから、「何だそれ。あんたん中の私はずいぶん最低なやつなんだね」とお互いに苦笑して。

オレンジ色の光が差し込む教室から今も赤司が中心となって活動しているであろう体育館の方を見ていた。

風にのって、ダムッダムッという音が聞こえなくもない。そうやって、黒子の目に、思い返したような悲しみが紛れ込んだころ、私の声に、言いようのない申し訳なさが滲み出したころ。

「…寂しいね。黒子」
「そうですね」
「みんな強くて、やだね」
「…そうですね」

そこでようやく、私たちは同じ人間なのだと気付くことが出来た。





(どちらが正しいのかさえも)





キセキの歩むスピードについていけなくなった黒子と元からついていけてないヒロイン。ヒロインは気持ち的には黒子側。気持ち的には。


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