「栄坂さん、一生のお願いがあります」
「んんー?」
「明日一日、付き合ってほしいところがあるんです」
「どこに?」
「それは内緒です」

即座に嫌だ、と言われた。彼女らしいといえば彼女らしい。ムカッと来たので栄坂さんが舐めているぺろぺろキャンディの柄を掴んでぐぐっ。強く喉奥に押しこむ。

「ふがっ!はにふんだ!…っおえっ!」
「明日一日付き合って下さいよ」

ぐいぐいぐいっ!

「お"えぇ…っ!ふがふご!…ギブギブギブ!」

苦しそうにする顔。数分の攻防の末、嫌々ながらの、無理矢理言わせたようなOKを貰う。凄まじい目で睨みつけられたけど、肩を竦めるしかない。

Δ

「スプラッタ映画…!血、血ィ…!」何やら隣で騒ぎ出したので、映画館ではお静かに。シーっと指を添えると泣きそうな顔をして、ジワリと目に涙を浮かべて、「酷いよ、こんなの見させるなんて…黒子ぉ…」なんて。それに、僕がぞくんとキて、(ワーオ)なんて思った頃、栄坂さんはなんてずるいんだろうか、一番楽な道に逃げてしまった。つまり、かくんと気絶したのだ。

(…ワーオ)

それでも僕はクスリ、と笑って。意識のない栄坂さんの頭を、自らの肩に寄せた。シャンプーの香りに理性が飛びそうになる。

(まるで恋人同士みたい、)

指でそのサラサラな髪を梳いた。鼻の近くに手をやると、控えめな鼻息がくすぐったい。生きている人間であるならば当たり前のことなのに、僕はまたもや、ぞくん、とキた。左肩の重さは、僕へと伝わる温かな体温。僕達は今、ここで繋がっている。

映画の内容なんて頭に入ってきやしない。凄惨な悲鳴が画面から聞こえる中、僕はずっと気絶した栄坂さんで遊んでいる。何て愛しき、オアソビ、だろうか。

Δ

意識を取り戻した栄坂さん。ふらふらしているのを良い事にそのまま海へと連れて来た。栄坂さんはハッとした後、もじもじしながら「…まさか泳ぐの?…今日はちょっと…」なんて言う。僕自身、察しが良くないわけではないが、ただただ虐めたい気分ではあるなので「ああ、だから映画館でも貧血を起こしていたんですね」なんて。顔を微かに赤らめた栄坂さん。言い返そうとして何も言えない栄坂さん。僕は挑発するようにクスリと笑いました。

「釣り、しましょうか。折角此処まで来たのだし」
「……釣り?…ペッ!(何てつまらなそうなんだ!)」

女の子が道端に唾を吐くなんて。僕は少しだけ栄坂さんに引きました。(釣りなんかしたくねーよ、こちとら海風が寒いんじゃ。さっさと帰らせろ)栄坂さんの心の声がしっかりと聞こえてきて、何度目だろうか、ムカッと来た。さっきまで、僕にされるがままだったくせに。いいですよ、別に。そんなこと考えるなら、ほら、こうしてやりますから。

Δ

「…おかしいだろ」
「だって仕方ないでしょう。釣具が一つしかないんだから」
「いやいやいや。何だよこれ。黒子一人でやればいいじゃん」
「それでは、一緒に来た意味がないですから」

ザアザアと雨が降り出しても、引き上げるつもりはない。雨の中、一つの釣具を二人で使っている。僕が後ろから栄坂さんを抱きかかえるようにして釣り糸を垂らしている。(仕方ないでしょう、一つしかないのだから)栄坂さんは不機嫌だ。この状況が堪らなく嫌らしい。

寒いならくっ付けばいいでしょう。こんな簡単なことなのに。栄坂さんは我儘な人だ。

雷が鳴り始めたところで栄坂さんがついにキレた。

「あああああ!もう!釣り嫌!何も釣れないし!それに雨に濡れて寒い!嫌!私、帰る!」
「いいですよ。でもその前に民宿に寄りましょう。釣具を返して濡れた身体を拭かないと。ああ!お風呂貸出があるようです。冷えた身体に丁度良いかも」

栄坂さんはもう好きにしろという顔をしていた。

Δ

「栄坂さん、少し貸して」
「ひゃ!なにすんだ!」

これはきっと。あるアニメに影響されたから。ああ、栄坂さんが暴れるから、ほら浴衣の前が乱れてきた。

大人しくされてろ、と押さえ付けて、ある場所を触れば。簡単に怯えきって、でもそこには隠し切れない情欲があったりして。燃えた瞳の奥。怒りより戸惑い。拒絶より、期待。なんてね。

「…栄坂さん、」
「はっ…ん!」
「…理性飛びそうです」
「…!…はっふ、ああん」

栄坂さんは僕にされるがままに歯磨きされている。口内を他人が弄る。栄坂さんの口内は僕の手の内。歯ブラシの毛は、栄坂さんを悶えさせるためだけにある。優しく撫でたり。激しく掻き回したり。予想出来ない毛先。暴れるその動きは、快感を生み出すためだけのもの。栄坂さんは必死に耐えている。(これは歯磨き。これは歯磨き。なのに何でこんなに変な気分に…!てゆか黒子さっさと歯ブラシ返せ!)心の声がしっかり聞こえて来る。が、残念。もうすっかり既に情欲に濡れた目です。僕の左手はもう栄坂さんを押さえ付けてはいない。気が付けば栄坂さんの全身を弄っていた。撫でる。さする。開く。揉む。弾く。抓る。ふにふに。してる。揉む。撫でる。弱々しいパンチは僕に簡単に避けられ、余計に服を淫らに乱されただけだった。垂れ落ちる唾液。ぷるん、なんて。へえ、これが女の子か。これが栄坂さんか。

「栄坂さん…理性、飛びそうです」

ねえ、折角だから、隅々まで、調べていいですか。

誰も知らない栄坂さん、僕に見せてください。

囁けば、耳も弱いらしい。無言は肯定ですか。そしてそうやって身体を捩るのは精一杯の拒絶ですか。それとも、

「…何しようとしてるかはわかんないけど、私、生理中っう」
「それが?」
「…あり得、ない」
「その発言、もしかして期待してるんですか?ふふ、いいですよ。あなたはそうやって小さな抵抗をしていればいい。僕は僕で貴女を好きにさせてもらいますから」
「………………………………………………………………………………………………………しね」
「ええ」

僕は最高にいやらしく、唾液にまみれた歯ブラシを、その小さな口から抜きました。






「…ワーオ、ゆめ、」

はい、夢。ゆっくり身体を起こすと、朝日が目に痛かった。

もう一度寝れば夢の続きが見れるかも、と淡い期待を抱くが時間は二度寝を許してくれそうにない。仕方なく学校へ行く準備に取り掛かる。脳内に渦巻くは、様々な感情。こうして、変な夢を見ては、いつもいつも時間を、現実を、ただ一人恨むしかない。

「いいんです、別に。途中から気が付いていましたし。だって、あり得ないでしょう。あの栄坂さんが僕とデートに行くなんて」

最初の設定から、色々崩壊していたのだから。

「僕はぺろぺろキャンディを口に押し込めないし、そんな勇気ないし、そして何よりもまず、栄坂さんが来るわけがない。どんなことがあったって、僕からの誘いに乗るはずが、ない」

興奮を押さえつけようと自省は続く。

「…それに僕は、栄坂さんを泣かせたくないし無闇矢鱈に傷付けたくない。僕の我儘で振り回したくない。いつまでも笑っていてほしい。だから、スプラッタ映画なんて絶対見させない」

いいんです、全て僕の願望が現れた妄想でした。夢の中の僕は少しだけ意地悪な人でした。まるで青峰君みたいでした。嫌がる栄坂さんを見て一人興奮していました。僕の思いのままに動かして、それはまるで赤司君でした。弱々しい抵抗も、それまた演出。はい、一人盛り上がっていました。はい、僕は脳内脚本家。つまり変態。

しかも盗作。以前読んだ物語シリーズの影響をしっかり受けてたじゃないか。栄坂さんにしてみたいなって考えていたことがすっかりそのまま夢に現れてしまった。まるで変態。

「…はあ、」

いいんです、僕は変態です。好きな人の夢見て、それで現実に戻されて、勝手に落ち込んでる変態です。別に今までもこれからもそれでいい。

「…兎に角、今日も影が薄いなりにチラチラチラチラ横目で観察する一日だ。…どうか誰も僕に気が付きませんように」

呟いて家を出る。学校に着くと、僕の夢の中でコロコロ転がされていたはずの君がいた。鈍器で殴られたような衝撃を受けたのは、君が全く同じぺろぺろキャンディを舐めていたからで。これは正夢…?ならば僕は今から君に話しかけなければならない!爆走し始めた心臓に高鳴る期待。声を出さねばならぬのに喉はきゅっと縮まるばかりで。

「…あの、」
「あ、赤司!」

無慈悲なことに、君は僕の存在にさえ気づいていなかった。ですよね、と肩を落とす。

「…まな、明日一日僕に付き合ってくれないか」
「いいよー。どこか行くの?」
「見たい映画がある。それに久しぶりに釣りがしたい」
「行くっ!楽しそう!」

再び鈍器で殴られたような衝撃。栄坂さんが食べていたはずのぺろぺろキャンディは、いつの間にか赤司君が舐めていた。僕みたいに無理矢理押し込んだりはしないのか。なんて横目で見ながらぼんやりと思う。ああ、まさに。デジャヴとはこれを言うのか、なんて。神様は残酷な人だ。登場人物が変わっただけのデジャヴではないか。勿論、現実の主役は、僕でなくて赤司君だ。

それを認識した途端、いても立ってもいられないくらい顔が熱くなった。少しでも期待した自分が馬鹿みたいで、何か行動を起こさないとやっていられなかった。衝撃的に口は動くし声は出る。

「…明日は雨ですよ」

なんて急に割り込んだのは。わざわざ教えてあげたのは。「あれ?黒子いたの?」とポカンと口を開ける君。おはようございます、と馬鹿丁寧に挨拶する僕。君の乱れた姿が、阿呆みたいな君と重なって蘇る。僕の夢の中で君は、あんなにも乱れていたんです。

「…だから海には行かない方がいいと思います」

「そうか、ありがとう」と言う赤司君に背を向けて自分の机に戻った。


こんなことをしたのは。悔しくて、悔しくて、でもどうしようもなかったから。そしてさらに。もしもこれが正夢ならば。登場人物が変わっただけのデジャヴならば。あんな刺激的な光景は、せめてあの歯磨きの数十分だけは、僕だけのものにしたかった。から。です。

悔しくて、悔しくて、でも脇役の僕にはどうしようもなかったから。

恋人らしいデート。それら全ては赤司君にあげますから。せめてあの、反抗的だけどもなす術なくて僕のままにされちゃう君。その時間だけは、僕だけのものに。どうかさせてください、お願いします、神様。

一生のお願い、此処で使います。

もう一度だけあの夢の続きを僕にください。

別に、変態と思ってもらっても結構ですから、神様。



ΔΔΔ
皆さん色々とすいませんでした。しかし黒子はワーオなんて言うのか。




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