部活が終わって荷物を取りに教室に来てみれば、俺の机であの栄坂まながすやすや寝ていた。(なぜ?)今まで色んな寝方を見てきたが、どうやら栄坂まなは腕組み型らしい。(腕を組んで椅子にもたれて寝る型。寝顔を隠すことが出来ないのが難点)一番ポピュラーな机に突っ伏し型を選ばないあたり上級者である。そんな観察を一通り終えた後、パシャ!取り敢えず写メった。いつか黄瀬や緑間を揺さぶる日が来た時に使えるだろうと思ったからである。



今だから言うが、栄坂まなのことは以前から知っていた。

「栄坂まなちゃんて可愛いよなー。俺大好きだわ」

クラスメート達の会話によく登場してきたからだ。

「この間一緒にカラオケ行ったんだよ。そしたら歌が超下手でさ、それが可愛いのなんのって。一緒に映画行ったときは、まなちゃん感動して泣いちゃってさ、やべー可愛いって。んでさ、遊園地のお化け屋敷には怖がって入ってくれなかったからまた誘おうと計画中なわけよ。あー!まじ可愛いまじサイコー」

その様子をものすごい目で睨みつけていた男に話しかける。「栄坂まなってお前の幼なじみじゃなかったっけ?」「知らん」じゃあその眼力は何だ。少し嘲笑したが、緑間は気にせず勝手に語り出した。

「栄坂は興味がないものにはとことん興味がない。あの三山とかいう男も一緒なのだよ。何回かデートしてるみたいだが、それは栄坂が断れなかっただけだ。栄坂はそういうヤツなのだよ」

緑間はそう吐き捨てると(まるで自分に言い聞かせているようだった)荒々しく教室から出て行った。



栄坂まな。

緑間と幼なじみで同じクラス。学力テストの順位はまあまあ。運動はよくできる。体育委員。居眠り常習犯。男子の間では可愛いと結構有名。交友関係は狭く深く型。親友は黄瀬涼太と桃井さつき。

(知っている情報はこれくらいしかないな)

データボックスから先日の写メを開き、そんなことを考えていた。



「赤司君、この間はごめんなさい。そしてありがとう」

いきなり栄坂まなに呼び止められたかと思うと綺麗な袋を手渡された。わざわざ新しいハンカチを買ってきてくれたらしい。別にいい、と言ったのに律儀なやつだ。

「あっ!栄坂まなちゃーん。ちょっとこっち来て!」

栄坂まなは「ごめん。三田君に呼ばれたからもう行くね」と走っていってしまった。

(三田ではなく三山だ)

興味がないものにはとことん興味がないというのは強ち嘘ではないらしい。



栄坂まな。

先程の情報に加えて、律儀。適当。



あれから、なぜか栄坂まなと会話することが増えた。それが楽しくて、別に用がないときでも緑間のクラスに通うようになったのは否定出来ない。

栄坂まなとはふとしたことから話が広がる。意外と周りをよく見ているし深く考えているからその話は決して退屈ではないし、むしろ興味深い。


「赤司君、」


呼ばれて、振り向く。








毎朝、教室までの階段を駆け上がって行く姿。ゴミ捨て場に居座る野良猫と仲良くしている姿。お菓子を狙ったカラスに襲われている姿。電車を乗り過ごし、慌てふためく姿。

他には、

手ぐしですぐに元通りになるさらさらの髪の毛。長いまつげに縁取られた大きな目。すぐに赤くなる柔らかい頬。小さな唇。


それらが彼女を造りあげているもの。







「俺には必要ないしあげるよ」
「何なら一緒に行かない?」

栄坂まなの顔を見た。真っ直ぐに見つめ返してきた。

一瞬、哀れなクラスメート三山の顔が思い浮かんだ。


(今、栄坂まなから誘ってきたよな?)


「面白そうだから行く」


綻ぶように笑う栄坂まなを見て何とも形容しがたい気持ちに襲われた。


ああ。これがいわゆる、




栄坂まなとカラオケに来た。フォロー出来ないほどに下手だったのだが、まあそのたどたどしさが可愛かったりするのだろう。

「赤司君は歌が上手だね」
「さすがに君には負けるよ」

からかったら、ぷうと膨れた。

「いじわる」
「ほめ言葉だね」

栄坂まなが適当に曲を入れた。

「ねえ、どうやったらそんなに上手く歌えるの?」
「別に上手くなくていいんじゃないか」
「みんなに笑われるのイヤなの」
「俺は笑わないよ」
「赤司君だけだ」

演奏が始まる。

「デュエットしよ」
「この歌知らないけど」
「私も知らないよ」
「もうめちゃくちゃだよ」
「あははっ。楽しいね」

栄坂まなは適当に生きている。

でもまあ、本人が楽しんでいるのならそれでいいと思う。



映画館。「君の好きな映画でいいよ」と栄坂まなに選ばせたものを見た。なかなか面白かった。

上映後、栄坂まなは何とも渋い顔をしていたので理由を聞くと「あの時点での主人公の貯金額を1500万と仮定して計算していくとね、色々と矛盾が生じるんだよ」「あの時の背景に一輪だけ外来種の花が混じってたの気付いた?どうしてだろう。伏線だったのかな」適当に生きているようで、見るところは見ている。疑問に答えてやると「赤司君と来てよかった。聞きたいことを聞きたいときに聞けるから」と言われた。

「君、映画のセンスは良いね」

からかいをのせた誉め言葉は別に照れ隠しではない。

「赤司君の好きそうなやつ選んだんだよ」
「俺の好みわかるの?」
「わかるよ」

友達だし、と。

「俺達って友達なの?」とさらにからかうと「え、違うの?」と。「それはショッキングな話だ」と栄坂まなは言った。

「次は君の見たいやつを見ようよ」
「さっき見たよ?」


栄坂まな。


なぜだかわからないけど君の隣は居心地が良いようだ。




次は遊園地に来た。部活が休みの日はこうして栄坂まなといる気がする。


(でも、もうこれで最後だ)


俺が栄坂まなに渡したチケットはこれで終わりだったはずだ。

「赤司君、なに考えてるの。馬鹿じゃないの」
「馬鹿はひどいな」

先程まで嬉々としてフリーフォールのジェットコースターに乗っていた人とは思えない程にガタガタ震えている。やはりお化け屋敷は苦手らしい。

栄坂まなは「絶対に入りたくない。自殺行為だ」と言い張ったが俺が無理やり連れて来た。(別に哀れなクラスメート三山に張り合ったわけでない)

「ぎゃー!いやー!なっ何だこれ!」
「ただのこんにゃくだよ」
「ただのこんにゃく!くそう!」

ただのこんにゃくに悲鳴をあげさせられたのが悔しかったのだろう。変な子である。

「赤司君!なんでこいつこんなにくっついてんだとか思うかもしれないけどそれは全部赤司君がいけないんだからね!だから赤司君が私のことを邪魔に思っててもそれも全部赤司君が悪いから私は謝らないし離れる気もありません!」
「もうそれでいいよ」
「ありがとうございます!」

抱きつかれているので非常に歩きにくいが不思議と悪い気はしなかった。「のわあああ!」「今度はなに?」「人が!人が!ほらあそこ!どうする赤司君!」「あれはどう見ても俺らより後に入ったお客さんだね」「ぬっ、抜かれたってこと?」「君が遅いからだよ」

なぜだろう。笑える。

この子は面白い。


「……あれ?」


急に不思議そうな声を出された。「もしかして赤司君も怖いの?心臓ばくばく言ってるよ」と言われたから思わず栄坂まなを引き剥がす。が、すぐさま「ひどい!」とまた抱きつかれた。

「赤司君も怖いのか。なら二人でくっつけば大丈夫!」


全然大丈夫じゃない。(原因は君にある、と思う)




チケットもこれで全て消費してしまった。もう遊びに行くこともないだろう。

栄坂まなはそれをどう考えているのだろう。


(栄坂は興味がないことにはとことん興味がないのだよ)


緑間の言葉を思い出した。





ああ。これがいわゆる、





恋なのか。





(とまあ、ここからすきゃっぺに繋がるわけだ)
(いい加減忘れてよ!)
(いやだ。一生忘れない)


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