(※最後酷いです。苦手な方はご注意下さい)

宿屋に戻った後、栄坂は大泣きでイシツブテに謝っていた。「ごめんね、もう二度とこんな思いはさせないからね!」俺は何も最初から勝負に勝てると思っていたわけではないので次からまた頑張ればいいと栄坂を励まそうとした。が、俺の進言を聞こうとしなかった挙句もうポケモン勝負はしないとまで言い出した。「おい馬鹿何勝手な事を」「真太郎は黙ってて!イシツブテちゃんの痛みなんて何も分からないくせに!」物凄い形相で怒鳴られたのでもう口を利かないことにした。

因みに勝手にイシツブテを持ち出して勝負をしようものなら栄坂のビンタが待っているので、仕方なしに俺は宿屋の女将さんに頼み込んで住み込みで雑用をさせてもらうことにした。ベッドの賠償金も払わねばならないのに借金は溜まっていく一方だ。俺達は懸命に働いた。料理の出来る栄坂は冷暖房の効いた快適な厨房によくいたが、俺には外での過酷な重労働ばかりが回ってきた。早く元の世界に戻る方法を見つけねばならないというのに、仕事が終わる頃にはクタクタに疲れて何も出来ずにベッドインという状況が続いてしまっていた。せめてイシツブテに手伝ってもらおうとしても、あの石ころは決して栄坂の傍を離れようとはしなかった。しね。

全て栄坂の我が儘のせいでこんなことになってしまった。自分のせいだとは思わないのか。俺に悪いとは思わないのか。そうか、そうだよな、気づかないよな。快適な厨房で一日中過ごしていれば俺の苦労に気づくわけがなかろう。ふざけんな。

俺と栄坂の会話は日に日に減っていった。俺が話すのさえ嫌になったからだ。俺が汗水垂らして働いているというのにあいつはお疲れ様の一言もない。まあ、正確に言えば、ご苦労様と上から目線で言われた時に思わず殴ってしまったからそれ以来栄坂は俺に労いの言葉を言わなくなったのだが。栄坂は石ころがいれば別に俺なんかどうでもいいと思っているようで、俺ら二人の関係は日に日に悪化していった。

宿屋に泊まる旅人のポケモン達の糞掃除をさせられた時、俺はあいつと幼馴染であることを心から恨んだ。背中が火事の馬やどう見てもヘドロである汚物のブラッシングを頼まれた時は俺は心底栄坂のことが嫌いになって何回も頭の中で殺した。

そんな状況が続けば、俺は体調を崩してしまった。慣れない環境での無理が祟ったせいだった。栄坂は俺が心配なのかイシツブテが可愛いのかどっちにもとれる内容の発言をしたので俺はもう視界に入れるのさえも嫌になってきつく目を閉じた。

目が覚めた頃、ベッド脇に置いてある御飯に俺の嫌いな物が入っていた。投げ捨てようかと思った。が、宿屋の女将に悪いと思って無理やりに流し込んだ。栄坂は薄ら笑みを浮かべてそんな俺を見ていた。本当に人を苛々させるのが上手い。同じ空気を吸うのも嫌になった俺は出て行け!と怒鳴った。栄坂は俺を睨んでからイシツブテを連れてどこかに消えた。



その夜の事だった。どこからかつんざくような悲鳴が聞こえてきて目を覚ました。今度は服が汗でびっしょりに濡れていることに気づき、堪らない不快感に包まれた。部屋に女将が入ってきて、俺に何やら叫んだが病人の思考力は上手く機能しない。まあ、あの悲鳴もあいつのでなく女将のならどうでもいい、と思ってもう一回寝ようとすると女将が俺を丸ごと抱えあげたので驚いた。

「逃げるわよ!巷を騒がせているあいつが出たわ!うちに泊まっていた旅人も全員やられてしまった!まなちゃんが引きつけてくれている今のうちに逃げるわよ!」

その言葉にびっくりして、俺は自ずと女将の贅肉と腕の中から抜け出した。栄坂の元に行くと言い出した俺に女将は「何を言ってるの!」と叱った。

「まなちゃんなら大丈夫よ!大丈夫に決まっているわ!だってあの子、ポケモンマスターなんでしょう!」

お前こそ何を言ってるのだと思ったが、すぐさま一つの可能性に思い当たって、また余計な嘘をと心の中であいつに毒づいた。青ざめたままの女将に、「取り合えず一人で逃げてください。俺はあいつの元に行きます」と告げた。

「あなた、死ぬつもり?行っても助かりっこないわ!噂以上に悪逆非道の男よ!」

だからこそ行くのだ。面倒だから無視して階下に下り、エセトレーナー、まなの姿を探す。レベル5のナゾノクサも倒せないくせに何がポケモンマスターだ。





(知っていた。あいつはベッドを俺に譲り床で寝るようになった。知っていた。俺の身体を心配して態と栄養満点の食材を選んでいた。それがたまたま俺の嫌いな物だっただけ。知っていた。あの薄ら笑いは馬鹿にしたものじゃなかった。ほっと安心した笑みだった。知っていた。俺が寝ている間に身体の汗を拭いていてくれた事も。そして分かる。俺を守ろうとして時間稼ぎのための嘘を吐いただろうことも)




現れた景色に驚愕した。まなは力なくへたりこんでいた。近くに無数の石のかけらが転がっていた。近くに落ちている眼球と目が合ったが、そこに生命の光はなかった。言うまでもなく、あのイシツブテだろう。
そして何より。まなと対峙する、筋肉隆々なフシギバナを従える人物に驚愕した。

「…灰崎…?!」
「…ん…?もしかして緑間?」
「お前何でここに!」

どうりで最近学校で見なかったわけだ。赤司に強制退部させられてからはどっかで腐り果てているのだろうと思っていたのだが、まさかこの世界で悪の頂点に立っていたとは。

「うわっ、こんなところで会うとか。まじ人生わかんねーな…。つかさ、何、あの女、緑間の知り合い?勝負しかけてくるからどんなもんかと思ったら超弱くてウケたわ」

灰崎が転がっている今や本当に石ころになってしまったモノを蹴った。まなが悲痛に叫んだ。灰崎は面白がって、石ころを踏んでさらに無数の石ころに粉砕した。

「…俺の幼馴染だ。すまんが見逃してくれないか」
「ふーん…。ま、いいかな。緑間は別に嫌いじゃねーし」

とっととその女連れてどっか行けば。赤司やリョータだったらコイツで殺してたけどお前ならいいわ、と灰崎はフシギバナを撫でた。ハッと息を呑んだまなに灰崎が気づかないようにと適当に話を続けた。目的は、と聞く声が掠れてない事を祈る。

「いや別に?目的なんかねーよ?ただいきなりこの世界に飛ばされてさー、そんで右も左もわかんねーまま、ちょっとオイタしちゃってみてえなだけ。適当に過ごしてたらいつの間にかこうやって悪人扱いってわけ。でもさ俺、別に何も悪くなくね?」

適当に相槌を打つ。今はとにかくまなから興味を逸らさねばならない。

「…ああ!そういや、やりたい事ならあるぜ!調べてみてえな。人間にポケモンの技使うとどんぐらいの効果があるかだとか、ポケモンで人を」

何やら語り始めてくれたので、これはチャンスと思って俺は今のうちにまなを抱きかかえようとした。早くこの場から去るのだ。灰崎を怒らせる事なく穏便に去らなければならない。灰崎がまなの価値に気がついたところで全ては終わる、と俺は焦っていた。

俺を見あげるまなの目には確かな怒りが有った。何の目的もなく宿屋を襲撃した事、イシツブテを無残に殺された事、そして何よりも夢語る灰崎の内容があまりに倫理に外れたものである事。気持ちは分かるがそのまま大人しくしてろ、と目でまなに強く語った。

「赤司やリョータがトリップしてきたら全部あいつらで実験してやんのになー」
「!」

まなは黙っていられなかった。

「…あ?何だお前。…ああ。そういや、緑間の幼馴染が赤司の彼女でリョータの親友って噂聞いた事あるかも…」

灰崎が何を考えているのか、すぐに分かって俺は青ざめた。

「…やめろ、灰崎、やめろ!」

俺の懇願するような叫びは意地悪く笑う顔の前に一蹴された。

「…フシギバナ、しびれごな!」

バナバーナという無慈悲な泣き声。逃げ場がないまま降り注ぐ無数の粉末。ヤバいと思った時にはもう遅い。まなを抱えたまま二人で地面に崩れ落ちた。動かなくなった身体。あの時の野生のパラセクトのしびれごなとは比べものにならない。当たり前だ、あのフシギバナは戦闘用に育てられたポケモンだ。

「はは!人間にも効果はばつぐんじゃねーか」

灰崎は楽しそうに笑っている。

「…威勢の良い女は好きだぜえ?…しかも赤司の彼女でリョータの親友ってのが、もうサイコー」

動かない身体。瞼さえも閉じられない。このままでは目が乾くとかそんな心配をしている場合ではない。灰崎は楽しそうに笑っている。やめろ、灰崎、やめろ。口の筋肉も動かせない。唯一動かせるのは、眼球のみ。同じような状況のまなと目が合った。恐怖に耐え切れず涙を流している。これから何をされるのか分からないほど馬鹿じゃない。







「…うーんイマイチ。微妙。動かないから?あ、なるほど。ここの肉も動いてくんねーわけね、ああそゆこと。はあーあ、ツマンネ」

眼球に突き付けられる凄まじい映像。閉じられない。目も耳も。映像が音がそのまま脳に雪崩込んでくる。灰崎は文句を言いながらも興奮で顔を赤らめている。呼吸も荒い。動作も欲にまみれている。一方的に行われる蹂躙。抵抗出来ないまま耐えるしかないまな。唯一動かす事の出来るその眼球は、もう俺に助けを求めるのをやめてしまったようだ。(まな、まな、まな…!クソッ!灰崎殺してやる殺してやる殺してやるっ…!)目前で起こる事実を受け入れるしかないまま、どうしようもないまま、俺は涙を流すことにより叫ぶのだ。





それは、自省しか知らない愚か者が引き起こした末路。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -