(※彼女と赤司が別々に進学した設定)


嫌がるまなっちを無理やり連れてきたのは成功だったのか失敗だったのか。

あんなにもむくれている顔を見れば、それはきっと成功ではなかったのだろう。

「ちょっと涼太、あれじゃ困るよ。せっかく素材は良いのに」
「はあスイマセン」
「どうにかしてくれない?」
「はあ…やってみるッス」

煌びやかなセットにポツンと一人座らせられているまなっちの隣に腰掛ける。何よ、という冷たい視線で睨まれた。俺は何も言わずにその視線をただ受け止める。重たいウィッグをつけられ、普段はしない化粧を施され、いつものまなっちからは想像出来ない程に完璧な女の子がそこにいた。黒地のワンピースがまなっちの白い肌を引き立てている。可愛い。美人。綺麗。

しばらく無言の状態が続いていた。視線のみでの会話が続いていた。まなっちは怒っている。俺は「はいはい」となだめている。うん、そんな感じ。先に目を逸らしたのは、先に溜め息を吐いたのは、まなっちの方だった。

「…私だって精一杯やってるもん。黄瀬の名に傷を付けちゃいけないって思って頑張ったよ。でも難しいんだもん。悲しそうに笑え、とか言われても無理だもん。私は素人だもん。悲しいのに笑ったことなんかないよ。悲しいときは泣くもんだろ。あのカメラマン頭おかしいんじゃないか」
「はいはい、分かってるッスよ」

思わず苦笑いが洩れたのは。思わず頭を撫でようとしたのは。

嫌々ながらも、結局は俺のために頑張ってくれて、でも上手に出来なくて。それで悔しくなって、むくれちゃって、自分を正当化しちゃって。それで最終的にカメラマンの悪口を言っちゃう。

何て不器用で可愛い子なんだろう。

スタッフが休憩終了の合図を告げた。まなっちの顔が引きつる。大丈夫スよ、とまた頭を撫でようとして、ウィッグを着けたままのことにまたもや気が付いて、再び不自然に手を下ろした。





以前、赤司っちとまなっちのデートを尾行した時に、まなっちにモデルの才があることに気付いた。だから良いモデルがいなくて困っているというカメラマンに紹介した。私に出来るわけないじゃん、と嫌がるまなっちを無理やり連れてきた。たとえ無理やりでも、これがまなっちの気分転換になればいいと思っていた。


「…黄瀬、どうしよう。私きっと次も上手く出来ないよ」
「大丈夫ッス。次は俺との絡みだからちゃんとリードするッスよ」
「うわ何それ聞いてないし。絶対上手く出来ないしやりたくもないし」
「はは。なかなかひどいッスね」



煌びやかなセットに今度は男女二人並ぶ。まなっちは明らかに緊張している。またカメラマンに態とらしい溜め息を吐かれるんじゃないかと恐れている。緊張を解すために肩に手を触れると、やっぱり即座に払われた。

「やめて」

肩を竦めた態度で謝った。


カシャリ、カシャリ、とシャッター音がスタジオに響く。出だしはなかなか好調で、まなっちもぎこちないが何とか上手くやれている。そこでカメラマンから目配せされた。

―――少し、迷う。

だけど、まあいっか、とアクセルを踏み込んだ。これが成功だったのか失敗だったのか、まあ今に分かるし。

「…まなっち、」

こっそりと耳打ち。何?とさらに俺に耳を寄せて来た。

「まなっち、赤司っちに捨てられて、今どんな気分?」

ハッと息を呑まれたのが分かった。その目に薄い水膜が張るのを確認。ち、ちがうよと震える声で否定されたのを確認。カシャリ、

「…っ捨てられてないもん」
「いいや捨てられたんでしょ。赤司っちはまなっちとバスケを天秤にかけて、バスケをとった」
「ち、違うよ、黄瀬。何言ってるの」

カシャリ、カシャリ。ここでカメラマンからの指示。俺の上にまなっちが乗っかって、二人見つめ合った。

「だって、赤司っちがまなっちのこと本気で好きなら、こうやって離れ離れになっても連絡くるもんでしょ?」
「れ、連絡くるよ。昨日もきたよ」
「嘘吐き」

カシャリ、

「…っ嘘じゃない」
「顔に全部書いてあるッスよ。赤司っちから連絡きてません。こちらから連絡しても全く繋がりません、って」
「っ…!」

カシャリ、カシャ、カシャ…!こうやって言葉で追い詰める度に、ほら。こうも簡単に顔を歪めてくれる。チラと横目を動かすと、案の定カメラマンは喜んでいる。芸能界の大人は非道い人ばかりだ、とどこか冷めた頭で再確認。そう言えば今日の撮影のテーマは何だったっけ?全く、何にしても、何て悪趣味な撮影だろう。

「赤司っちにとってまなっちは、所詮そんな程度のものだったんスよ。いなくなっても全然困らない」
「……ち…がう」
「というか寧ろ邪魔だった。だから一人で京都に行った」
「そ、んなわけ、」
「あるでしょ」

だから連絡つかないんでしょ、と王手を決めたところでまたカメラマンから指示。体制を変える。

「…たとえ、そうでも、………私は無理だも、ん。赤司がいなかったら無理だもん」

そんな事を言うまなっちは先程より濃い絡みになったことに気付いているのかいないのか。さっきなんて肩に触れただけで怒ったくせに。今なんてもっともっと過激に絡んでいるのにどうして俺を殴らない?

「知ってるッスよ。まなっちは寂しがり屋ですもんね。赤司っちがいないなんて耐えれないんスよね。知ってるッス」

知ってるッスよ。親友だから。何でも知ってるッス。

「でも捨てられたなら、仕方ないッスよね。もうどうにも出来ない」

優しく持ち上げて、それから落とす。カシャリ、カシャリ。ね、カメラマン、このまなっちの顔、すごくシャッターチャンスでしょ?しかも多分もうすぐ泣くし。

「…捨てられてないもん」
「捨てられた」
「捨てられてない…!」
「いいや捨てられたんス」
「…っ捨てられてないもん」
「捨てられた」
「…っ捨てられてない、」
「捨てられた」
「っ……捨てられた?」
「うん。捨てられた」
「、…っ捨てられた、」
「うん。そう。捨てられた」
「…っ捨てられた、のかなあ?」

カシャリ!カシャ!カシャカシャリ!ほら来た。ほら今!まなっちは悲しそうに笑ってる。涙を流しながら笑ってる。今日のテーマは何だっけ?ああ、思い出した。諦めからの自嘲、だっけか。なあ、これで満足かカメラマン?

俺はまだ全然満足じゃない。

「…どうしよう、これからどうしよう。捨てられちゃった。赤司のいない三年間なんて、無理…なのに」
「忘れさせてあげるッス。ほら、俺を見て」

涙いっぱいの目で見上げられたらもう止まらない。隠していた思いが爆ぜてしまいそうになる。不意打ちのキスは勿論噛まれた。血が垂れるけど、それも作品としては味があっていいんじゃないか。案の定、カメラマンは停止の声をあげないし撮影はまだ続いている。指示に従ってまた体制を変える。血を拭ったら衣装が赤く染まって、やべえと思う。血が苦手なまなっちはぎゅと目を瞑ってしまって、頭が混乱してしまって、逃げ出したいけど逃げれない、多分そんな感じ。また俺の上にまなっちが乗っかって来た。まなっち、震えてるのは何で。

まなっちを見つめながら頭の片隅で思う。きっとこの写真集は大々的に宣伝される。それから売れる。絶対に売れる。勿論京都でも刊行されるだろう。ずっと出来なかった宣戦布告がやっと出来たような気がして、なぜだろう、少しだけ心が軽くなった。

「…まなっち、ほら、赤司っちの代わりに俺に依存していいよ?」
「いや…」
「まなっち、ほら、簡単」
「いや、」
「まなっち、」
「むり、黄瀬じゃ無理」
「無理じゃないッス」
「…っどうしてこんなことするの。親友だと思っていたのに」
「まなっち、」

顔を背けられたので、仕方なしに耳に舌を入れてみれば艶やかに拒否の声をあげる。おっと撮影中だと言うのに俺の中のオスが反応しようとして焦った。「これ以上は出来そうにないわ!R指定に引っかかるわ!」と発言とは矛盾して嬉しげに声をあげるオカマカメラマンも反応してる事を確認する。何でかな、殺したくなった。今だけは、今だけは俺だけのまなっち。これが親友なんて、笑えるだろう。




艶やかな復讐

親友バージョン


ねえ、まなっちに携帯借りた日あったでしょ。あの時ちょっとだけ小細工。ごめんね、まなっち。


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