十代#マイヒーロー | ナノ
じくじくと焼けるかのような痛みが足先を蝕んでいた。日中は気のせいだと自身に言い聞かせていたものの、座ってパンプスを脱いでいざ見たならば、やはりうまく足にハマらなかったせいかパンプスに傷付けられた指先が露出した。薄皮が剥けていて、窓から吹き付けた夜風が優しく撫ぜると余計に増す痛み。生憎今手元に絆創膏を持ち合わせてはおらず、買いに行くにはこのパンプスを履いて歩かねばならない。億劫な気持ちに思わず小さく息を吐く。

ああ、もう嫌だ。

堪えきれない想いに、座っているベンチに身体を倒した。スーツのせいで不自然に身体が締め付けられるし、スカートが太腿ギリギリまでせり上がって来る。はしたない、その言葉そのものを表したような姿を曝け出しているが、人目に触れようがなんと思われようがどうでもよかった。どうせ残業してるのは自分くらいしかいないだろうし、節電のせいで私がいるフロアは薄暗い。ここに誰かが来ても私がいることすら認識できないかもしれない。
どうでも、いい。

少しだけ眠りたい。書類は殆ど完成してるし、データも整頓しておいたし、後は報告書を作って、取引先に連絡を入れておくだけ。ここまで頑張ったのだから少しくらいいいだろう、自分に甘い考えが頭の中を支配して、何かから逃げるかのように私は瞳を閉じた。このまま深く眠ってしまって朝まで起きないと言う事態を、想像することすら忘れて。


いつだったか、昔も同じようなことがあった気がする。

確かあれはデュエルアカデミアにいた頃の話。入学したてで私はすぐにホームシックに蝕まれたのだ。15歳の私は新しいことにチャレンジしたい好奇心がとても強かったが、同時に環境の変化への適応力は、残念ながら釣り合うようなほど強くはなかったのだ。おかげで慣れない生活に得体の知れない不安感を抱き始め、いつしかそれは私の表層へと現れた。悲愴感などではなく、無気力と諦めとして。
ある時、授業での耐久連続デュエルに疲れ果てて、1人空き教室に逃げ込んでいた。私がいなくなったことに誰も気付いていないだろうし、バレてあまり良くない成績を付けられようが、どうでも良かったのだ。じくじくとデュエルディスクをしている腕が痛みを訴えていて、デュエル中は気のせいだと思い込もうとしていたけれど、ディスクから腕を解放させれば赤く爛れた皮膚がそこにはあった。やっぱり気のせいじゃなかったか。残念ながらこのデュエルディスクは私の腕のサイズにあっていないようで、いつもデュエルで使用する度違和感を感じていた。今日みたいに長時間使用することは滅多になかったから、ここまでなったことはなかった。ああ痛い、こんな想いをしてまでやりたくない、そんな考えをしてしまうほど私は落ちていた。その日から私は自らみんなにデュエルを誘うことはなくなって、必要最低限やらなくなっていた。

そんな私にいち早く気付いたのは十代だった。

十代のたった一言で、あの頃の私は救われたのだ。彼は何か深く考えて口にしたわけではないかもしれない、ただ思いついたことを言ってみただけかもしれない。それでも私は救われたのだ。十代は私の腕のデュエルディスクによって残された傷を見て、


「頑張った勲章だな」


聞こえた声に私は反射的に身を起こした。半分夢に足を突っ込みかけてたような微睡から突然覚醒させられたため、今が現実なのかどうかわからないくらい、頭はすぐに回らなかった。おはよう、と声をかけられて漸く私は声の主を確認する。随分と前に退社した先輩がここにいて、私に絆創膏を差し出していた。彼は、微笑んでいた。


「…どうしてここに?」
「忘れ物を取りに来たついでに、様子を見に来た。ら、酷い格好で寝てるのを見つけた」
「お見苦しいものをお見せして、すみません」


先輩の言葉に乱れたスーツを慌ててただし、脱ぎ捨てていたパンプスを足元に引き寄せた。差し出されている絆創膏を遠慮がちに受け取れば、彼は笑顔で頑張ったなと言った。絆創膏をぺりぺりと包装紙から剥きながら、先輩があの時の十代とおんなじ言葉を口にしたことに、思わず隠しきれない笑みがこみ上げてくる。あの時十代も言ったのだ、これはお前が頑張った勲章だな、と。絆創膏を貼り付けている時に自分の手首が視界に入った。あの時の傷はもう綺麗に治って跡形もない。パンプスの傷もいつしかこうなるのだろうか。はたまた、一生消えない、言葉の通りの勲章となり得るのだろうか。

パンプスに足を収め立ち上がる。
とても、彼に会いたい想いになった。お家に帰ったら、すぐに連絡をしよう。一番近い日取りで約束を取り付けよう。それから、ありがとうを伝えよう。二度もあなたに助けられたことに。
どうでもいい、そんな想いは私の胸から消え去っていた。

20160724
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