カイザー#弟が娘を連れてくる | ナノ
「お兄さんに会わせたい人がいるんだ」


弟の翔から久々に電話がかかってきたと思ったら、人の体調を窺うこともなく自らの近況を伝えることもなく、ただ一言それだけ告げられた。久々の連絡にしては随分雑ではないかと思ったが、三日後に我が家に尋ねにくるというものだから、まあそれで許してやろうと思った。一体誰を連れてくるのだろうか、言葉の言い回しから結婚するつもりの恋人だろうか。俺はどうにも三日後が待ち遠しく、少し胸が高鳴っていた。

式はどこでするのだろうか、新居はどこに建てるのだろうか、子供の予定は建てているのか、まるで親の気持ちでそんなことを考えながら彼らを出迎えるために、自然と零れる笑みで玄関の扉を開けた。しかしながら、俺の脳味噌は遥か先を見据え過ぎていて、扉を開けた先にあった現実とのギャップに、思考と身体は一瞬で完全硬直した。やあ、お兄さん、と苦笑いをしながら俺に手を上げる翔の隣にいたのは、制服を身に纏った少女であったのだから。まさか俺の弟は中学生、いやもしくは高校生に手を出したのだろうか、と真っ先に思った。血の気が引く思いで固まったままの笑顔を翔に向けた。


「多分お兄さんが考えているだろうことは、あり得ないって否定しておくよ」
「…取り敢えず中で言い分を聞こうじゃないか」


弟と謎の少女を取り敢えずは家の中に招き入れた。お邪魔します、と子供らしい笑みを浮かべ、少女はお行儀良く翔の後ろをひょこひょことついて行った。彼女の笑みに、何と無く、思った。翔に似ている、と。そこまで考えて、まさかという考えが頭に浮かんだが、それを口にする前に、翔からその事実を告げられてしまった。自分の子供だと。…俺はなにも聞いていないぞ。見るからに少女は学生だ。ここ数年連絡を全く取り合っていなかったわけでもなかったし、たまに食事をすることもあった。なのに、だ。子供が出来たことどころか、結婚したことなど一言も言わなかったではないか。俺にさえ言ってないってことは、まさか両親にも言ってないのでは、と翔に尋ねれば、もちろん言ってないさ、なんて平然とした顔で言い放った。なんと言うか、変わったな、翔。


「まあ、なんで今更になって報告しようと思い立ったのかって訳なんだけど、僕たちこの街に引っ越すことになったんだ。だからお兄さんに会わせようって思ってさ。男手ひとつの子育ては大変だし、助けと言うか頼れる所があればいいとも思ったしね。そういうことだから、これからもよろしくお兄さん」


男手ひとつ?その言葉に思わず飲み込みかけたお茶を吹き出す所だった。その様子を見ていた翔はけらけらと笑った。お兄さんていつのまにそんなに顔にでるようになったのさ、と。多分酷く間抜けな顔をしているのだろうな。俺はちらりと彼女に視線をやった。ベランダで景色を眺めている彼女には俺たちの会話は届いていないらしい。それを確認したところで、相手は一体どこの誰で、どうして男手ひとつなのか、を尋ねた。翔は少しうつむきながら、彼女は天使みたいだった、と呟いた。


「今はもう、天使みたい、じゃなくて本物の天使になっちゃったんだけどね」


遠い思い出を見つめるような目で翔は少女へ視線を向けた。


「父さん、私待ち合わせしてたんだった!もう行かなきゃ間に合わない」


少女は突然思い出したように、慌てた顔でこちらを振り返った。どうしようと父と伯父をおずおずと窺う姿が愛らしい。突然存在が明るみになった姪。自分とも血が繋がっているのだと思うと不思議な気分だった。また時間がある時にゆっくり食事でもしよう、そう告げれば翔と彼女は顔を見合わせてそれから笑みを刻んだ。


「誰と待ち合わせしてるんだい?」
「十代おじさんよ。外国の話いっぱい聞かせてくれるって」
「帰り遅くならないようにね。なんなら、帰りにうちに寄るように言っといて。というか、おじさん呼ばわりはやめようか。十代だって父さんと同い年だから」
「父さんと同い年だから、おじさんなんじゃない」


思わずそのやりとりに笑ってしまった。翔もしっかり父親をやっていることにむず痒い思いがするし、なかなか気の強い彼女には感心する。母親譲りなのだろうか。今度は十代も一緒に連れてくるよ、しばらく日本にいる予定らしいから、と翔はそう告げて我が家を後にした。
十代、その名前を聞いて懐かしい思いがこみ上げてきた。あの灼熱の孤島で過ごした、青春の思い出が。きっとまたあの騒がしい日々が戻ってくるのだ、と思った。いや、戻ってくるのではない。新しく、始まるのだろう。
玄関で二人の背中を見送る俺に、少女は振り返り、それから小さく手を振った。

20160710
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