カイザー#友人 | ナノ
貴女といると自分が惨めに思える。

いつだったか、昔、友達は悔しそうに私にそんな言葉を吐き捨てた。悪意のこもったそのセリフに私は口を継ぐんで俯くことしかできなかった。あの時なんと返したなら、彼女と友人関係を続けていられたのだろうか、とふと思った。数年経った今でも答えは出ないまま、私は目の前の男に彼女と同じ言葉を浴びせられていた。


「君といると自分が惨めに思えてくるんだ」


彼も、あの時の彼女と同じように悔しそうな顔をしていた。相手に罪はないけれどそんな感情を抱いてしまっている自分が許せない、そんな悔しそうな表情だ。私はあの時と同じように押し黙った。ここで気がついてしまった。私がなにを言おうとも、彼は私の元から離れていくのだろう。だから、きっと、あの時も彼女にどんな言葉をかけようとも、彼女と友人関係を続けられることはなかったのだ。こんな状況で長年つっかえていた塊をやっと噛み砕いて飲み込めた気がした。清々しい気分は微塵もないけれど。彼はごめんと一言で呟いて、伝票を持って去って行った。コーヒー代350円払わなくちゃと彼を追いかけようと思った。でも足が動かなかった。そんなことをしたら彼が余計に惨めに感じるかもしれない、そう思ったから、動けなかった。私は、どうすればよかったのか。

君はなんでも一人で出来すぎる、彼はそうやって以前は笑っていたのに。自分のことは自分でやる、やることはきちんとやる、私はただそうやって生きてきただけだ。そんな私が彼や彼女を惨めな思いにさせていたのだとしたら、まるで私の生きてきた今までが否定されたみたいで。人と関わらず生きていけ、そう神様が言っているような気がした。


「なにか悲しいことでも」


ふと彼がさっきまで座っていた向かい側から、声が聞こえた。ぼんやりと俯かせていた視線を上げるとそこには何故だか丸藤がいた。なんでいるのよ、いつも通りの声が出た。彼は私の前の冷めたコーヒーを見つめながら、歩いていたら窓の外からお前を見つけた、と言う。


「今にも消えてしまいそうだったから、話相手でもと思ってな」
「そんなに悲愴感漂っていたかしら」
「話してみると思ったよりは深刻ではなさそうだ」

「ついさっき、ここで、振られたの私」


丸藤に言い放ちつつも、自らに言い聞かせるように呟いた。言葉にして恋人が離れていった事実を再認識したものの、寂しい別れたくないなどの気持ちは湧き上がってこなかった。ただ、なぜなのだろう、という気持ちが真っ先にせり上がって来たのだ。いつの間にか注文されていたコーヒーが二つ運ばれてくる。一つは丸藤の前にもう一つは私の前に置かれた。冷めてしまったコーヒーは和かな店員によって下げられて行く。丸藤という奴は細やかな気が利く男だ。


「それほど好きな男だったのか?」
「さあ」
「ではなぜそんな顔をする」
「…さあ」
「まるで自分を責めているようだ」
「そう、かもしれない」


だって、私といたから、彼は感じる必要のない悪意を抱く羽目になったのだから。私が、私が彼にそうさせたのだ。
丸藤は私を見ない。それが心地よかった。彼の鋭い瞳に見つめられたならば、きっと今の私は萎縮した。彼にその意図がなくとも。


「貴方は周りの人を惨めにさせたことがある?」
「そんな質問は初めてされるな」
「私は言われたの。昔の友人と、恋人だった人に。
私は…」


言葉が出てこなくて、お腹の真ん中、横隔膜あたりが震えた。恐怖か、怯えか、緊張か。泣きたくもないのに目の奥がじんわりと熱くなる。言葉に形容し難い、なにかがせり上がってくるのだ。うまく、言えない。

丸藤は私の名を呼んだ。優しい声だった。視線を上げると彼と目が合った。優しい表情をしていた。


「俺と今まで過ごして来て、お前は惨めだったのか?
俺はお前と居て、一度たりとも惨めに感じたことはなかったさ」


彼の言葉に息を一つ吸い込んだ。コーヒーの湯気がまだゆらりと揺れていて、丸藤は冷めてしまうぞとコーヒーカップを指差し微笑んだ。ええ、そうね。コーヒーを一口飲む。熱い液体が喉を通り胃に収まっていく。

ええ、そうね、あなたは昔からそんな人だったわ。

20160623
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