カイザー#君は誰かの恋人 | ナノ
例えるならば道をあるいている時にバケツに入った水を前ぶりもなくぶっかけられた、そんな衝撃だった。想像の水が頭から制服から滴り落ち、頭のてっぺんから冷えていく気がした。実際には水が滴っているはずもなく、冷えを感じたのはきっと血の気が引いたからなのだろう。そう、血の気が引くほど後悔したのだ。どうしてこうなる前に手を打たなかったのか、と。ここまで来る前だったらどうにか捻じ曲げられる可能性はあったはずだ、だが、もはや今となっては手遅れ。幸せそうに指先を触れ合わせ、それから頬を染めながら笑みを浮かべる彼女。俺は震える指先を隠しながら、おめでとう、と心にもない言葉を吐き捨てた。

ずっとそばに居たのになにも気づかなかった。彼女に好きな人が居たことも、徐々に距離を詰めていることにも。俺が鈍感だったのか、無関心だったのか。はたまた驕っていたからか。たぶん全部。自分の気持ちを理解していても相手の気持ちを解さないことが昔から多かったし、彼女以外の存在は俺にとって関心の対象ではなかった。その上、彼女に一番近い存在は自分なのだと驕り高ぶっていたのだ。勝手な自分の勘違いで。ここまで来ないと気がつかない自分の愚かさに腹が立った。今の俺は世界一の愚か者だ。

それから彼女はとても幸せそうだった。恋人とのエピソードはあまり語りはしないが、見ただけでわかるのだ。順調なのだと。俺は敢えて彼女に恋人についての話題は振らなかった。知ったところでどうにもならない、余計惨めになるだけだから。自分のちっぽけなプライドが大切だったのだ。


「一体、どうしたんだ」
「ああ、これ?どう、似合うでしょう?」
「…何故突然、髪を短く?」


彼女の髪は長かった。俺よりも少し長かった。二人ならんで歩いていると髪が風に揺れて、私たちペアルックね、といつだったか彼女は笑っていた。今、彼女の髪はもう風に揺られることはない、耳にかける必要もないくらい、短いのだ。好きだったものを切り捨てられた、そんな想いになった。


「彼が短い髪型が好きだって言うから切ったの」


あんなに大切にしていたのに、こんなにも簡単に切り捨ててしまえるのか。たった一言で。喉の奥にこみ上げる憤りを吐き出してしまいたかった。しかし俺はそんな権利はないのだ。自分の無力さにぐっと唇を噛み締めた。彼女はあまり良い反応をしてくれないのね、と笑った。


「そんな簡単に変わってしまえるんだな」
「変わることは簡単よ。誰かのためにそうなりたい、そう思うだけで変われるの」


まるで俺と過ごしてきた日々の彼女がいなくなってしまったかのようで、悔しかった。しかし彼女は俺のそんな悔しさを知る良しもなく、笑う、笑うのだ。


「亮、貴方ならわかるはずよ」


私が好きと言った綺麗な髪を伸ばし続けている、貴方なら。

続いた言葉に思わず俺は唇を強く噛んだ。
彼女は指先を触れ合わせ、唇は孤を描く。瞳は俺を捉えてはいなかった。

20160619
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