カイザー#遂げた想いと叶わなかった想い | ナノ
失恋旅行にしては随分ぶっ飛んだ行き先だ、と思わず笑ってしまった。自ら研究のために志願したものの、少しだけ恐怖心があった。なんてったって平行世界に行ってあちら側を調査する任務なのだから。もううちの研究チームが何度か行ったことがあり、行く方法も確立されてるとは言え、行ったことがない別世界に飛ばされることに恐れがないわけがなかった。ベテランのチーフが青ざめる私を見て指差してわらった。何度も行ったことのある俺がいるんだ、任せておけ、親指を立てていい笑顔をする彼に私は苦笑いを返すことしかできなかった。


「しかしデスクワーク専門の研究者が調査隊に志願だなんて、変わりもんだなあんた」
「直接自分の目で見てみないとわからないこともあるでしょう」


取り繕った理由を垂れ流してみるものの本当の理由はそんなんじゃない、自暴自棄って言葉がぴったりだ。別に恋愛に命をかけていたわけではない、けれど想いが叶わないことにこんなにも傷付くなんて思いもしなかった。そして、こんなにも彼を好きだったのだと思い知った。丁度、研究者が同行の探索チームを作る計画の途中だったため、私はそれに立候補した。平行世界ほど、彼と離れたところはないだろうから。


「気をつけて行ってこい」
「…ええ、必ず成果を持ち帰って来ます。丸藤主任」


彼が私にかけた言葉は、ただの部下への心配でしかなかった。私は彼の特別にはなれなかったのだ。丸藤主任の左手の薬指のリングを見て、それから唇を噛み締めた。彼に選ばれた人はどんなひとなのだろう、ずっとそればかり考えてる自分が醜くて、無様で、嫌で嫌で仕方がなかった。平行世界での私はどんな生活をしているのだろうか、今の私と同じように失意のどん底にいたとしたら、笑えるな。そんなことを考えながら、私の調査チームは旅立ったのだ。


開けた視界に飛び込んできたのは、いつもとは違う印象の太陽の光だった。ああ、これがレポートにあった平行世界。たしかレポートと調査隊の話では、平行世界に存在する自分と同じ存在と入れ替わる形でこっちの世界に来るはず。だから私が今目が覚めた場所は、こっちの私が住んでいる場所。ベッドに沈んでいた体をゆっくりと起こせば、すぐとなりから名前を呼ばれた。よく聞き慣れた声に耳を疑った。ゆっくりと隣に目をやれば、そこには私と同じベッドに横たわる、丸藤主任と同じ姿をした人がいた。


「丸藤、主任、」
「…どうした、幽霊を見るような顔をしている。それに随分懐かしい呼び名だな。今はお前も丸藤だろう」


懐かしい呼び名?私も今や丸藤?混乱した頭で考えを巡らせる。一つの答えにたどり着いて、思わず涙がこぼれてしまった。ああ、こちらの世界の私は想いを遂げられたのだ、と。


「どうした、どこか痛いのか」
「い、いえ、大丈夫です。隣に貴方がいることが、嬉しくて…」
「…ああ、そうか。俺もだ」


優しく微笑んだ丸藤主任の腕に抱きしめられる。どれだけ私が夢見たことか。私は選ばれることはなかったけれど、こちらの世界のもう一人の私は、愛しい人と幸せに暮らしていたのだ。もう一人の私が報われていたことが、何よりも嬉しくて涙が止まらなかった。彼女はこんなにも優しい腕にいつも抱かれて、きっと幸せに暮らしているのだろう。いつまでもこのままでいたい、そんな風に思った。でもこのまま彼の腕の中にいるわけにもいかない。この幸せは私のものではなく、もう一人の私のものなのだから。ゆっくりと丸藤主任の胸板を押して身を引き離し、もう仕事に向かいますね、と笑って告げた。いつもと変わらない、彼にとっての日常を演じて、私は家を後にした。それから私は調査チームとの待ち合わせ場所に急ぎ、本来の任務に尽力したのである。

このぶっ飛んだ失恋旅行は私に思わぬものをもたらしてくれたのだ。とても、とても、素敵な旅行で、私を前向きに変えてくれる、そんな経験だった。


「ただいま戻りました主任」
「ああ、よく帰った。…なんだか少し変わったか?」
「かもしれません。知らないことを知って、考えや心境に変化があったのかも」


行く前よりもいい笑顔だ、そう言って彼は笑った。私はもう彼の左手が気になることはなかった。

20160611
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