カイザー#彼は策略家 | ナノ
靴箱を開けて、それから私はため息をついた。そこにあるはずの上履きがないのだ。ふざけるな、心からそう思った。はっきりと犯人が誰かはわからないが、原因はだいたい想像がつく。心当たりがあるのだ。それはもう盛大な心当たりが。

話は遡ること一週間前。その日はいつもとかわらない普通の日で終わると、私はその瞬間がくるまで疑いもしなかった。普通に授業を受け、くだらない会話を友人と交わし、いつも通り帰宅部の活動を全うするために帰路に着く、はずだった。部活動に急ぐ友人たちにさよならを告げながら下駄箱に辿り着き、それからローファーをひょいとコンクリートの床に放り投げたところで名前を呼ばれたのだ。凛とした声と、私のローファーがコンクリートにぶつかる乾いた音が重なった。声のする方に振り返れば、そこにいたのは丸藤先輩だった。一体全体、丸藤先輩が私になんのようだろうと首を傾げた。ああ、たしか彼は十代と付き合いがあったはずだ、私を通して間接的になにか伝えたいことがあるのだろうか、とおもったその瞬間彼は私の予想を遥かに越えた言葉を告げたのだ。

俺と付き合ってくれ、と。
聞き間違い?私の幻聴?それとも彼の冗談?いろんな考えが一瞬で頭を駆け巡って、混乱した私が返した言葉は。

「お断りします」

そのあとどうやって彼に別れを告げて家にたどり着いたのか記憶が定かではない。ハッと気がついた時には次の日の朝いつもどおり自分の部屋でパジャマを着込んで目が覚めたのだ。

それからちょくちょくと変な嫌がらせが私の周りで起こり始めたのだ。きっと彼のファンクラブかなんかの所為だろうとすぐに推測できた。だって丸藤先輩はモテるのだから。そんな憧れの君からの告白をあんな言葉で断ってしまったのだ、おまけにきっと目撃者が多数いただろう下駄箱なんかで。憧れの人が辱められた、ファンの人ならそういう思考回路になるに決まっている。で、最終的に怒りの矛先は私に向いたってか。なんていうか、流れ弾くらった感じ?いや、元はと言えばあんな断り方した私にも非があるか。それをいったらあんなところで告白してきた丸藤先輩が事の始まりだ。あれさえなければ…再び大きなため息をついて、それから私は靴下のまま廊下をぺたぺたと歩いて行った。


「くそ、上履きもタダじゃないんだぞ」


授業を受ける気にならなくて屋上でサボタージュすることにした。乱雑にスクールバックを投げ置き、それからコンクリートに座り込む。なんてったって丸藤先輩は私なんかに告白したんだろうか。ましてやあんな人目のつくところで。私、彼との接点なんて十代を通してすこし話をしたくらいでしかないんだけれど。


「もう少しましな答え方すればよかったな」
「俺もまさかあんな断り方をされるとは思わなかったよ」


突然頭上から聞こえた予想外の声に体が飛び跳ねた。ゆっくりと声のする方に首を向ける。給水塔の上からこちらを見下ろす姿に、息を一つ飲んだ。


「ま、るふじ、せんぱい」


私が名前を呼んだのに対し、呼応するかのように彼はそこそこ高さのある給水塔の上から飛び降りた。軽やかに地面に着地し、それから私の隣にやってくる。ふと彼の手に視線をやれば、私の探し物がそこにはあった。なんで丸藤先輩が私の上履きを持っているのだ。怪訝な視線を向ければ彼は一階のゴミ箱に放り込まれていたよと言った。どうやら彼なりになぜ私がこのような仕打ちを受けているのかを分かっていて、少しは責任感を感じているらしい。


「悪かったな、俺の所為で」


そんな風に謝るなら最初からあんな人目に晒される場所で告白なんて避けて欲しいものだと思った。彼から上履きを受け取り、それからありがとうございますと告げる。よかったどうやら捨てられただけで油性ペンで落書きとか画鋲とかは突き刺さってない模様。安心して上履きを履いていると、ふと名前を呼ばれて、それから腕を引かれて、丸藤先輩の顔がすぐそこにきて、唇が重なった。突然のことに目を見開いて抵抗したためすぐに彼は離れたが、如何せん男と女では力の差が明らかで、もう一度引かれて唇が再び重なる。


「これからまた嫌がらせがあったらいってくれ。俺が必ず力になろう」


数センチ、彼との距離はそれくらいしかない。突然の意味不明なキスをしておいて、いつもと変わらない真顔で彼はそんなことを告げる。嫌がらせがあったら俺に言え、必ず力になる?もともとの原因は貴方でしょうに、そう思ったところである考えが浮かんだ。


「わざと、人目に着く場所で言いましたね」


受け入れようとも受け入れられなかろうとも、こうして接点の理由が出来るように。初めから計算通りだったのだ、ちくしょう。手の甲で乱雑に唇を拭うと、先輩はにやりといったように笑みを刻んだ。

20160517
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