遊星#悲劇とはまさに | ナノ
よく晴れた日のことだった。雲一つない青空を窓から見上げた彼女は、歩いて買い物に向かうと俺に笑いかけた。俺はそれに対して普段と変わらず見送ったのだ。いつもと同じようにパソコンに向かって手を動かしながら、彼女の方を見ることもなく、仕事の片手間といったように。信じて疑わなかったのだ、彼女がまた笑顔でここに帰ってきて俺に微笑みかけてくれるのだと。彼女の笑顔は当たり前にみることができるのだと。こんなこと言い訳にしか過ぎないのだがな、今から考えれば。それから、彼女は帰ってくることはなかった。いや、厳密にいうと帰ってはきた、けれど、俺の望んでいた帰宅とは程遠いものだった。急ハンドルをきった運送トラックに撥ねられたのだ、とセキュリティの男は言った。動かない彼女の前で呆然と立ち尽くす俺に対して、セキュリティの男は淡々と業務を進めるかのように状況の説明とこれからの手続きの流れなんてものを話していた気がする。ふざけるな、心から思った。彼女を撥ねた運転手も、仕事を処理するような対応のセキュリティにも、彼女の顔を見ることもなく送り出した俺も。

ああちくしょう。唇を強く噛み締めた血の味が口に広がった瞬間、目が覚めた。そう、目が覚めたのだ。先程の彼女が死んだ光景は、夢だったのだ。酷く現実味のある夢であった。気持ちの悪い寝汗のせいで服がまとわりついている。絶望と恐怖で小さく震える体を起こし、それから彼女がいることを確かめるべく、リビングへと向かった。扉を開ければそこにはいつもと変わらない彼女がいて、俺は深い安堵のため息をついた。思わず涙がこぼれそうになる。おはよう、彼女は笑ってそう言った。ああ、おはよう、掠れた声でそう返事をし、いつもの定位置のパソコンデスクの前に腰を下ろした。ディスプレイを立ち上げることなく、先程の夢の恐怖が抜けきらない掌で顔を覆い、それからうなだれた。なんて恐ろしい夢を見たのだろうか。心臓がまだざわついている。血色の失せた彼女の姿を思い出し、思わず吐き気が催してきた。考えたくない、されど忘れられない。彼女はいつものように俺の名を呼んだ。


「ねえ、遊星」
「…ああ」
「今日とてもいい天気でしょ?雲一つない青空」
「…ああ」
「だから散歩がてら、歩いて買い物に行ってくるわね」
「…ああ」


まさに生返事、彼女の話していることになんの意識もいっていなかったのだ。バタン、と彼女が玄関を出て行った扉の音で、どこか遠くに行っていた俺の意識は引き戻され、はっと顔を上げた。彼女は先程何と言った?雲一つない青空、歩いて買い物?どこかで聞いたなんてもんじゃない、ついさっき聞いた言葉と同じだ。あの夢の中の、会話と。加えて、今の俺は彼女をどうやって見送った。夢の中の俺と同じく、顔を見ることなく、気の入っていない生返事で。根拠のない確信が胸に満ち溢れていた、あの夢と同じことが起こるのだと。俺は勢いよく立ちあがり、椅子が大きく音を立て倒れ転がっていくのさえ気にせずに、ディーホイールのキーを持って家を飛び出した。鍵穴にキーを刺そうとするのだが、指が震えてうまく刺さらない。金属と金属がぶつかってがちがちと音を立てる。頼むから間に合ってくれ。彼女がいつも使うスーパーに向かってフルスロットルで走り出した。夢の中で死んだ彼女は、店に向かう途中で轢かれた、という状況だった。だから急がないと、手遅れになる、そう考えていると、恐怖と焦りとそれからスピードのせいで俺はハンドルを誤ってしまった。向かいくるトラックと接触する一歩手前まで突っ込んでしまい、予想外の動きをした俺に対して運転手は急ハンドルを切って回避しようとした。バランスを崩してクラッシュ寸前のその瞬間、気が付いてしまった。


このトラックは、あの夢で、彼女を轢いた、急ハンドルを切った、トラック、なのだと。


トラックがすぐそこの横断歩道に突っ込み、悲鳴が響き渡る。

待ってくれ彼女は急ハンドルを切ったトラックに撥ねられた。待ってくれ待ってくれトラックは俺を避けるために急ハンドルを切った。待ってくれ待ってくれ待ってくれ俺が運転を誤らなければ、トラックが急ハンドルを切ることはなかった?待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ俺がいなければ、トラックは彼女を轢かなかった?待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ待ってくれ俺が、彼女を殺す原因、だったのだ。


「ちがう、ちがうんだ、これは!ちがうんだ!」

20160511
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