カイザー#失恋 | ナノ
なんとなく彼女を目で追う様になった。彼女はいつも花が咲いたかの様に笑っていて、その姿を見て吹雪が、亮とは真逆な子だね、なんて俺のぶっきらぼうさ加減を茶化したのが始まりだったのかもしれない。確かに吹雪が言ったとおり、彼女を見かけるたび笑顔で無かったことがなく、愛想がいいとは言えない俺とは正反対の存在であった。そのときからやけに彼女が気になって仕方がなく、名前も知らない、話したこともない、そんな彼女を俺はいつも目で追いかけていた。きっとこれが恋という感情だったのだろう。残念ながら俺はそんな感情に対して随分鈍感だったようで、吹雪に指摘されるあの時まで自覚することはなかったのだ。いつも一緒にいた吹雪は、俺の彼女への執着にすぐに気がついていたのだと思う。なんてったって自ら恋の伝道師と謳うようなやつだ。そんな些細な変化に気づくこと朝飯前だったのだろう。ある昼休みに肩を並べてドローパンを選んでいるときに、不意に吹雪は言ったのだ。恋をしているだろう、と。思わず鼻で笑ってしまった。反射的だったといっても友人に対して随分失礼な態度をとってしまったと思ったが、長い付き合いの吹雪は大して気にはしていないようで、君にしては珍しい反応だと笑っていた。


「僕の調査によると、彼女はショコラパンが好物みたいだよ」


君のドロー力を持ってすれば引き当てるのは容易だろう、と吹雪はウインクをしてそう言った。俺にウインクをしてどうする。そしてショコラパンを引き当てて俺にどうしろというのだ。そう言いたくなったが、吹雪がなんて言い返してくるかすぐに想像が出来て、俺は言葉を飲み込んだ。隣を見てみればキラキラと期待に目を光らせた吹雪と目があって、居た堪れない思いになる。お前は俺になにを求めてるんだ一体。


「見ず知らずのやつにドローパンを貰うなんて嬉しくもなんともないだろう」
「そんなことないさ!なんてったって君はアカデミアのカイザーなんだから。そんな人から好きなものをプレゼントされたら、絶対喜ぶに決まっているよ」
「…根拠なき過大評価だな」


彼の言動に呆れつつもドローパンを一つ選び取り、それからレジに持っていって清算を済ませ、購買をあとにする。置いていかないでよ、と随分間延びした声を出しながら俺の背中を追いかけてきた吹雪の手にはドローパンが二つ握られていた。今日は朝食を抜いたのか、なんて思っていたらそれを一つ俺に押し付けてきた。俺は一つで足りるのだが。


「これ、ショコラパン。間違いないよ」
「俺は甘いのは苦手な上、そんなに腹は空いていないぞ」
「馬鹿だなあ亮は。僕が男に贈り物なんかするわけないだろう。
ほら、あそこに見えるのは例の彼女だ。そしてここには彼女の好物ショコラパン。加えて、彼女に好意を持っている君。これはもう作戦を実行するしかないだろう?」


嫌な笑みを浮かべる吹雪に背筋がぞっとした。勘弁してくれと口元を引き吊らせていると、吹雪は突然俺の腕を引いて早歩きで彼女に近づき、理解が追いついていない俺の背中を思い切り押して、彼女の前に突き出した。突然やってきたなんの面識もない俺に、驚愕と疑問の視線が突き刺さる。あの、なにか御用でしょうか、と弱々しく尋ねてきた彼女の表情は、いつもの笑顔ではなかった。当然の反応だ。くそ、吹雪のやつ後で覚えてろよ。滅多に吐かない悪態を、この時ばかりは目一杯心の中で吐き捨てた。


「あの、なんだ、その…これは、吹雪が…」

「吹雪先輩が?」


まるで言い訳するように言葉を無理矢理つなぎ合わせようとして、最終的には吹雪の名を口にしてしまった。そしたら予想外に、彼女は吹雪と聞いて先ほどとは一転して目を輝かせてこちらを見ていた。その反応に、息が詰まる気がした。直感的にわかってしまったのだ、彼女が吹雪に好意を持っているのだと。俺にはなんの興味もないのだと。ああ、俺のためには笑顔を作ってくれないのか、そう考えると胸がだんだん苦しくなって、言葉に形容し難いものがせり上がってくる気がした。ぐっと歯を噛み締めて、俺は吹雪から無理やり押し付けられたショコラパンを彼女に差し出した。


「吹雪からだ」


それだけ告げて、彼女の手にパンを握らせた。彼女はきっと意味がわからないといった状態だろう。なぜ接点のカケラもない俺がいきなり彼女の元に現れて、なぜ吹雪からのパンを渡されたのか、誰が見たって意味不明な状況だ。こうして自覚してすぐの恋は終わりを迎えた。しかも背中を押してきた張本人が意図せず原因となっているのだから、無性に腹が立った。しかしぶつける先が見つからない。いつもより足音を荒立てながら吹雪が待っているであろう場所に向かうと、彼はにやにやしながらどうだったと尋ねてきた。口をついて出たのは吹雪にはわからないだろう皮肉だった。


「喜んでいた」
「ほら、やっぱりね!僕の言ったとおりじゃないか!」


なんてったってアカデミアのキングからの贈り物なんだからな、嘲笑とともに小さく吐き捨てたその言葉は、吹雪の耳に届くことはなかった。

20160508
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