十代#彼は弱虫 | ナノ
息を吸い込めば少し塩辛い空気が喉を通り過ぎて行った。心地が良い。以前住んでいた街とは大違いだ。高層ビルだらけの街で、繁華街も住宅も夜通しネオンで満ち溢れていて、こんな風に夜空を見上げても星なんて見えたもんじゃなかった。藍色の空に浮かぶ数え切れない星がまたたき煌めいているこの光景が私は大好きで、こうして夜な夜なブルー寮を抜け出し一人海辺で夜空を眺めている。夜中に寮を抜け出すなんて言語道断であるし、見つかれば罰則があるものだから、言うまでもなく今まで他の誰かと遭遇することなどなかった。しかし今夜は違っていた。いつも通り浜辺に辿り着き、私の特等席を見渡したらそこに人影があったのである。海の方へ向いていて、何をするわけでもなく立ち尽くす後ろ姿。ただ潮風が彼の髪と赤色の制服を揺らしていた。私のよく知っている人物だ。息を一つ飲み込み、彼の名を呼ぶ。波の音に飲まれてしまう気がして、いつもより少しだけ大きな声で、呼んでみた。


「十代」


私の声はちゃんと届いていたようだ。彼はゆっくりと振り返り、私がそこにいたことに目を見開いて驚きを示し、それから安堵したように気の抜けた笑みを作った。なんだよ、お前も寝れないのか、彼は力なく言った。お前も?その言葉から察するにどうやら十代は寝付けなくてここに来てるようだった。残念ながら私は寝れないわけではない、星空のために寝ないのだ。


「なんだ、仲間ができたと思ったのに」
「不眠仲間を作ってどうするつもりよ」
「どうもしないさ。ただ、自分と同じような人間がいると、安心するだろ」


自分は異常じゃないってよ、そう言って十代はどこか遠く、遠く彼方を見つめていた。ざぶん、一際大きな波が押し寄せ私たちの足元近くまで砂浜を濡らした。そこから私は数歩後ろず去り、砂浜に腰を下ろす。そんな私を見つめていた十代に手招きをし、隣に座るように促せば、彼は仕方ないなと言うような表情をしながらも、おとなしく私の隣に腰を下ろした。波の音と、潮風の音と、それから虫の声。それだけの音しかしなくて、目を閉じてしまえばまるで世界に自分一人しか存在してないように錯覚しそうになる。怖いんだ、彼の小さな声が、私の想像世界を切り裂いた。目蓋を押し上げ、十代に視線を移す。怖い?十代と言えばどちらかといえば怖いもの知らずでしょうに。彼からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。


「もし、アカデミアにいるのは全部夢で、目が覚めて俺がこことは全然違ったところにいたらって考えると、怖くて眠れないんだ」


今にも泣き出しそうな、そんな顔で十代は吐き出した。私は彼の言葉になんて返していいのか分からなくて、彼の名前を小さく呼んだ。彼は、子供みたいだろ、と悲しそうに笑う。ええ、子供みたいね、といつものように笑い飛ばせてしまえば良かったのだが、そんなことをしてしまえば彼の胸を余計に抉る気がして、私は言葉を飲み込んだ。ふと、夜空を見上げると、光の筋が右上から左下に流れ落ちた。


「十代、流れ星!」
「まじか、どこだよ!」
「もう消えちゃった」
「あ〜くっそ〜」


つい先ほどとは程遠い悔しそうな顔をする十代を見て、思わず声をあげて笑ってしまえば、彼はなぜ笑われてるのかわからないようで、キョトンとした顔をしていた。それもいつしか私の笑いに釣られるかのように笑い出し、ついにはお腹を押さえてなにが面白いのかもわからず二人で笑いあった。一通り笑い終えて息を整えてから、私はまた十代と呼んだ。なんだ?といつもの十代の声色での返事が返って来た。


「私、毎晩寮を抜け出して、ここで星空を眺めてるの。
もし、今日みたいに眠れない日があったら、おいでよ。

私、ここであなたを待ってるから」


こうやって二人で夜空を見上げて、次は一緒に流れ星を見つけよう。きっと怖いとおもっていたことなんか、忘れてしまえるよ。
十代は眉毛をハの字に下げて笑いながら、それはいい考えだ、と言った。


「明日はお前より先に流れ星、見つけてやるぜ」


潮風が彼の髪を揺らす。星たちと私だけが、彼の弱さを知っていた。

20160503
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