遊星#彼は心配性 | ナノ
カチカチカチ。時計の針の音が五月蝿い。誰だよ今時アナログ時計なんか買ってきたやつ。ああそうだなんか記念日かなんかに遊星がくれたやつだった。シンプルだけどどこか気品のあるなんか言葉にはしにくいいい感じのデザインの時計だ。これからも同じ時を刻んで行こうとかキザな台詞を添えちゃってさ。あのとき予想外のそのことばに背筋に寒気が走ったなんて死んでも言えやしないわ。気になる、書類の文字が頭に入らない、集中できない。そうだ電池を抜けば音が止まる。そうすれば、まだ仕事を続けられる。時計の電池蓋に指をかけると単三電池が姿を現す。二本のそれを抜き取り静かになった時計と電池をその辺の床に転がしておいた。さあ続きに取り掛からねば。あと少しなんだから今日中に終わらせてしまいたい。これを終わらせたらまた新しい次の仕事が出来るのだから。文字の羅列を目で追い掛け、文章を付け足したり線で消したり。面白くて楽しくて。まあ他の人にはお前の楽しいは理解できないってよく言われるんだけど、わたしにとっては最高にやりがいのある面白い仕事なのだ。そんなことを考えていたら手に持っていた書類を勢い良く取り上げられる。書類がなくなって虚空を掴む右手を凝視する。それからああしまったと思った。


「遊星。部屋に入ってくる音、ぜんぜん気づかなかったよ」


右手から視線を動かしいつのまにかそこにいた遊星を見上げる。私から取り上げた書類を一瞥し、遊星はそれをまるでゴミのようにぽいと後ろに放り投げた。彼の表情はいつもの無だ。それ、お金になるやつなんだけど、粗末に扱わないでよ。そう口にしようとした瞬間皮の手袋をつけた遊星の右手が私の顎を下から捉えた。指が頬に食い込む痛え。見下した(位置的にも心象的にも)視線をした遊星。


「身体を休めろと言ったはずだが。聞こえてなかったのか?聞く気がないのか?」


痛いよ遊星。しかしそれを言葉にすることすら叶わない。


「何日寝ずにやるつもりだ。あと食事もとれと言ったはずだ」


ギリギリ、まさにそんな音がしてきそうなほど顎が締め付けられる。意外と力あるよね遊星。そういえば何日寝てないっけ、どれだけ食事もとってないっけ、仕事のことしか考えていない。遊星から何度か指摘されてたのは覚えていたけれど、集中で忘れてしまうのは仕方が無い。それから冷や汗が額と首筋に伝う感覚がある。親指で唇をかき分けられ、それから人差し指が口内に侵入する。強く舌を押さえつけられ、これまた痛い。そして喉元付近の異物にしゃくりがでそうである。


「俺は心配をしているんだ。身体を壊して倒れでもしたら、俺は、どうすればいい。同じ時を刻んで行けないだろう」


悲しそうに心配そうに表情を歪める遊星だが、それに相反して私の口腔内を鎮圧する力は弱まってはくれない。飲み込めない唾液が唇から溢れそうだ。ていうか今の遊星の台詞で思い出した。床のすぐそこに転がっているあれを。自分が心をこめて贈ったものの電池を抜き取り役割を果たしていない状態で放置された姿を見つけてしまったなら、彼は一体どうするだろうか。このまま喉奥に指を突っ込むか、それとも顎を解放し首元に指先が伸びるか。ああ、お願いだから気付かないでほしいものだ。死んだ魚のような瞳でこちらを見つめてくる遊星を一瞥し、心からそう思った。

20160419
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