ヘルカイザー#過去に電話 | ナノ
初めてそれを使ったのは、デュエルアカデミア入学が決まった時だったと、彼女は笑って言った。親から決められてイヤイヤ受けた試験がまさか受かってしまうなんて思わなくて、思わず使ってしまったらしい。親元から離れてあんな陸の孤島でデュエル漬けだなんてあり得なくて、あの頃の私はそこまでデュエルを好きではなかったの、と言った。何番を押したか覚えていない、ただ使おう、そう思ったときにはその電話を構えていて耳元ではコール音が響いていたらしい。4コール目で相手は出たという。子供のくせに必死に大人びた、外面のいい自分の声が聞こえてきたの、彼女は嘘みたいでしょとふふふと笑う。電話の向こうの私は受験のことなんかまるで考えていない中学生なりたての私で、なんとか過去の私がデュエルアカデミアの受験を避けるように誘導しようとしたのだけれど、最後には変なことを言うのねと言って、向こう側の彼女は電話を切ってしまったようだった。その会話が終わった後、目を閉じたりベッドで一眠りしてみたけれど、自分が立っている場所も友人関係もなにも変わることはなかった、だから過去の私への説得は無意味だったみたい、と彼女は言った。とても楽しそうで、懐かしそうな彼女を俺は見つめていた。

二度目に使ったのは、俺がリスペクトデュエルを捨てた時だったと、彼女は笑って言った。その時までその電話のことをすっかり忘れていたんだけどね、ふと思い付いて亮を止めることができるかもしれない、そう思ったときにはまたあの時のように、電話をかけていたらしい。今度は3コール目で、過去の彼女は電話に出たと言う。とても落ち込んだ声だったようで、おもわずどうしたのと尋ねてしまったらしい。話を聞いたらね、亮とデュエルをしてコテンパンにしてやられて落ち込んでいた時だったのよ、思い出して懐かしくて笑っちゃったわ、彼女は言った。俺の記憶にもその出来事は残っている。たしか、はじめての手合わせだった。そのあとから何度もデュエルを挑まれていつしか切磋琢磨し合うかけがえの無い仲間になって、それから俺たちは…。それでね、この頃の私亮のことなんともおもっていないから、亮を助けてあげてなんてこと言えなくてね、亮のそばにいてあげてねって言って電話を切ったの。悲しそうに笑った彼女を見て、それから思わず目をそらした。だってリスペクトデュエルを捨てた俺を変えようとした彼女の目の前にいる俺は、変わらなかった俺なのだから。


「でも、過去が変わってしまい、今私の隣にいるのがあの頃の亮でなくて良かったと思っているの」
「堕ちた俺に失望したというのに?」
「いいえ、失望なんてしてないわ。だって、私にはわかるもの。あなたが、…今のあなたが、」


言葉を止めて、それから彼女は満面の笑みで俯く俺を下から覗き込んだ。あなたも本当はわかっているくせに、そう呟いて彼女は俺の手に例の電話を握らせた。今度はあなたが使う番ね、茶目っ気のあるウインクを一つ残して俺から離れて行く彼女の背中をぼんやりと見送る。あの頃はいつも彼女が俺を追いかけてくる側だったのに、いつしか追い越されて置いて行かれたくなくて、ここまで来てしまったなと思った。なぜ、彼女は俺にこれを託したのだろうかと手のひらの黒い携帯電話を見つめる。なんてことない携帯電話。彼女の話が本当か嘘かはわからない、けれど過去の自分と電話が繋がるのなら、今を変える可能性があるなら、彼女のように俺も使うのだろう。そう思ったときには、俺は右手で電話を耳元に構え、コール音が響いていた。彼女の話とデジャヴ。心拍がどんどん早まって、冷や汗が額を伝う。ごくり、と息を飲み込んだところで、繋がった。「はい、丸藤です」確かに俺の声がした。一体いくつの俺なのか、気になって思わず聞いてしまった。普通ならおかしな電話のはずなのに、向こう側の俺は普通に17歳だなんて平然と答えた。なにをどう、伝えようか頭の中で考えがぐるぐると渦巻いた。俺がリスペクトデュエルを捨てないようにするには、向こう側の俺になにを伝えればいいのか。必死に考え抜いて、一息おいてそれから、声に出した。信念を決して曲げるな、と。それから向こう側からは、くくっ、と喉を鳴らした笑い声が聞こえた。


「信念を曲げるな、変なことをいうんだな。だってそのリスペクトの信念の所為でお前はそうなってしまったのだろう?」
「…なぜ…知っている」
「…俺はお前が羨ましい。本当の俺は今のお前の姿であって、ただ、俺は偽り続けてるだけなんだ」
「俺は、自分を偽って生きていたと?」
「ああ、出来るが故に求められるままに完璧を演じ続け…。お前だって薄々勘付いていただろう?気づいていたけれど、己の本能に知らないふりをした」
「俺は…、」
「…俺も貪欲に勝利を求めてみたい。だから、過去を変えようなんてしてくれるな」

本当の俺を消さないでくれ。


そう言って向こう側の俺は電話を切った。 なぜ、とか、どうして、とか、色々なことが頭に浮かんだけれども、向こう側の俺の言葉を聞いたとき、言葉を止めたあの時の彼女の顔が浮かんできた。ああ、彼女が続けて言いたかったのは、こういうことだったのだ、と。手のひらの黒い携帯電話を見つめ、それからありがとうと呟いてポケットへとしまいこんだ。今度は俺の携帯電話を取り出し、先ほど別れたばかりの彼女に電話をかける。ワンコール、ツーコール、ガチャ。


「亮、過去は変えられた?」
「過去は変わらなかった。…が、今は少しだけ心が軽い」

「そう、それは良かったわ」


電話ごしの彼女の声は、とても満足しているかのようであった。

20160407
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