ヘルカイザー#男の独白 | ナノ
俺はあの時まで死んでいたのだ。

思い出してみれば幼い頃から自分は異質な存在なのだと気づき始めていた。いつでも何事もそつなくこなし、普通にしているだけで気がつけば、自分は一番の位置にいたのだ。普通にしてるだけなのに当たり前のことをしているだけなのに、他の人たちがそれをできないことが不思議で堪らなかった。誰よりも物事の理解が早く、幼稚園のかけっこもいつも一番で、小学校のテストも満点で。そんな俺を両親は誇らしくしていたものだから、俺も俺自身を誇らしく思っていた。そんなときに出会ったのはデュエルモンスターズで、俺は夢中になって面白さにのめり込んでいった。それですら、俺は大した努力なく、当たり前かのように誰にも負けなかった。それから俺はアカデミアに入学し、そこでは文字通り帝王だったのだ。自分の能力を自覚していたし、それについて驕ったりもしなかった。驕らないことこそが、優れたものだとわかっていたからだ。そんな俺を疎ましく思う者もたくさんいた。彼らを相手にするときばかりは、心の奥からどす黒い闇が溢れてきたりした。努力したところでどうにもならない連中だ、と。でも、口にも態度にも出すことはなかった。それが俺があるべき姿であったのだから。

考えなかったことはない。自分より優れたものが現れることを。デュエルアカデミアでは異質な存在に脅されて負けを認めたこともあったし、遊城十代という存在にも出会った。だがイレギュラーな事象であったのだ、そんな情報処理が頭の中でされて彼らに対してなにか負の感情を抱くわけでも、己を在り方を疑うわけでもなかった。

しかし、このときばかりは違っていた。今までと違っていたのだ。真っ正面から敗北を叩きつけられた。デュエル場に片膝をつく俺を見下ろすエドフェニックスの表情が、俺の今までの生き方を嘲笑うかのようで。息が止まるかと思った。いや、一瞬、止まっていたと思う。全てが、音を立てて崩れ落ちて行ったのだ。

まるでデュエルのルールすらも忘れかけてしまったかのようになった。勝つことができない、勝ち方がわからない。俺は今までどのようにして勝っていた?尋ね続けても答えが出ないまま、連敗の数字はどんどん増えていった。周りの尊敬の視線が落胆に変わっていくのが肌で感じられた。こんな扱いされたことがなくて、恐ろしかった。まるで「出来ない俺」に、なにも、なにも価値がないかのようで。どうしていいかわからなかった。だって今の俺は、アカデミア時代きっと心の奥深くで見下してきた、「なぜ勝てないのか」と思っていた存在そのものなのだから。

公式試合数が減り、スポンサーから見限られ、知らない男に連れられて、よく知らない地下でデュエルディスクを構え、ダメージを受けて強い電流が身体を駆け巡り、俺はなにをしているのだろうかと思った。電流が身体を貫くたび、これは今までの生き方への罰なのだろうかと思った。痛い、痛い。こんな掃き溜めみたいなところでさえ、俺は勝てないのか。勝てない、どうしたらいいのかわからない。


「君は勝ちたいと思ってデュエルをしたことがないだろう?」


その言葉を聞いて、ああ、俺は今までなにも考えずに、流れに任せるまま、勝ってきただけだったのだ、と理解した。勝てたのは俺の携えていた能力のおかげであって、俺の本当の…なんて言えばいいのだろうか、…努力とか自ら求めた力とかでは、なかったのだ。
勝ちたい、生まれて初めて望んだ。胸がカーッと熱くなって、鼓動が激しさを増していく。カードを持つ指先の毛細血管すら脈打つような気がして、不思議な感覚だった。まるで今まで死人みたいに脈動が止まっていたようにも思えた。否、止まっていたのだ。今までの俺は生きていたなんて言わない、存在していた、ただそれだけであったのだ。

生まれて初めて自ら強く求めた勝利、そしてそれを手にした。相手の懐にある勝利を掴み取る、それがとてもとても言い表し難い高揚感をもたらしてくれた。込み上げてくる笑いが止まらなくて、地下デュエル場に甲高くこだまする。心臓が強く、強く脈打っているのを手を当てて確かめる。

俺は今、この瞬間、生まれたのだ。

20160401
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