十代#scp8900 | ナノ
男性にしては細く白い指先が、真っ黒のマグカップを持ち上げる。カフェのロゴが刻まれたそれを口元に運ばれる姿を、私は眺めていた。カフェ内はコーヒーの香りで包まれていて、息苦しさを感じる。なんてったって私はコーヒーが苦手なのだ。あのなんとも言えない苦味が好きになれない。だから私の手元のマグカップにはホットミルクで満たされていた。十代のカップに入った黒い飲み物と、全く真逆ね。それにしてもいつから彼はコーヒーなんて飲み物を口にするようになったのだろうか。彼も私と同じでホットミルクの方が似合う男だと思っていたけれど、それは勘違いだったのだろうか、はたまた彼に変化があったからか。ちらりと彼を見れば、視線が合わさりそれからニコリと微笑まれる。いつからだろうか、このように落ち着いて笑みを刻むようになったのは。


「変なことを言うんだな。俺はなにも変わっちゃいないし、むしろ変わってしまったのはみんなさ」
「みんなって、わたしも?」
「お前も含めて、みんなだ。不思議だよな。なぜみんなが突然変わったのかも、どんな狙いで誰がそうしたのかも、俺だけが影響ないのかも、なにも、なにもわからないんだ」


変わった、悲しそうに十代はその言葉を紡ぐ。妙に喉が渇く気がして私はホットミルクを飲み込んだ。ぬるい、ぬるいそれが喉を通り抜けていく。ごくり。


「言うなれば、みんな瞳にフィルターがかかってるみたいなんだ。フィルターがかかってる状態が、当たり前でなんの疑問も抱いてないようで、俺にとっては不気味なんだ」
「じゃあ十代はそのフィルターがない世界を生きているの?私とは違う世界?」
「全く、違うと思う。明るくて、美しくて。でも、俺以外、だれもその世界を見ることは、ない」


じゃあ十代が持っているこの真っ黒のマグカップも私たちには真っ黒に見えているだけであって、本当の色が見えている十代には全く異なる色に映っていることなのだろうか。とても不思議で神秘的な話であると思う。同時にとても信じがたい話であるはずなのに、彼の言葉が真実なのだと頭の端っこが妙にざわつきを示す。なんだろう。ざわざわ。思い出せない。


「馬鹿げた話だろう?誰も信じやしない。別に生きて行くには支障はないけれど、みんなあの空の美しさを知らないなんて可哀想だなんて、いつも思うよ」


知らない、じゃなくて忘れてしまった、だな、と十代は歯を見せながら笑った。頭のざわつきが痛みに変わった気がして、まるで頭の端をアイスピックでつつかれた気分になる。なにかに気がついた十代は、はっとしたように私を見つめる。それから笑いながら、大丈夫と囁きながら、大きな手のひらで私の視界を目隠しした。なぜだかとても懐かしくて、温かくて、涙が零れた。ねえ十代、目隠しが取れるのが少し怖いよ。そんな私の気持ちを見透かしたかのように、全てを分かり切ったような声で十代は大丈夫だと囁いた。ゆっくりと彼の手が離れていく頃には私の頭痛は治まっていて。涙で濡れた視界の中、そこには私に無邪気な少年のように笑いかける十代がいた。


「なんで、忘れていたのかな」


こんなにも美しく、明るい世界を。手元のマグカップに視線を落とした。あなたの本当の色、そんな素敵な色だったのね。世界の美しさに瞳を輝かせながら瞬きを繰り返す私を、十代は優しくみつめていた。あの頃と変わらない笑顔で。

Sky Blue Sky


参考→scp8900_ex
20160329
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