吹雪#腹黒い感情を孕む | ナノ
おおよそ挫折なんて経験、彼には程遠いものだったのだろう。勝つつもりで、本気でデュエルをして、きっと彼は負けたことはなかったのだろう。対エドフェニックスのあの戦いが、彼にとっての初めての挫折だったのかもしれない。カイザーマイナーリーグ落ち、雑誌に書かれたこの言葉を見て、彼は傷付いたりするのだろうか、なんてぼんやり考えた。もう雑誌のどこにも彼を称賛する記事は、なかった。

彼、丸藤亮とは親友と言っても過言ではない関係性だった。少なくとも僕はそう思っていたし、彼からもその立場の扱いを受けていたと思う。彼はまさに完璧と言うに当たる存在だった。何もかもを完璧にこなし最優等生としてアカデミアを卒業し、当たり前かのようにプロの世界で活躍して行った。なにをどうしたらあんなにミスをすることなく生きてゆけるのだろうかと思った。一度闇に心を落とした自身と比べると酷く惨めで嫌な気分になった。いつだって誰にとっても彼は一番であって、例外なく僕の想い人もそうであった。亮と恋の勝負などする前から結果はわかりきっていて、思いを伝える前から彼女は亮によって掻っ攫われて行った。卒業し亮とともにプロデュエリストの道を歩んでいる彼女から、プロの世界のことや新生活のことを電話で聞くたび虚しさが胸に溢れた。心の何処かで僕は亮を羨み、それが妬みに近いものに成り果てていたのかもしれない。だって、エドフェニックスに負けた試合をテレビで見たとき、僕の胸は激しく高鳴った。亮が、負けたのだ。その事実に、どうしようもなく歓喜が湧き上がった。負かしたのが僕であったのならもっと良かったのだけれど、と考えた所で自分の本性にぞっとした。親友の負けをこんなに喜ぶなんて、最低だ。最低だけれど、これが僕なのだと、自覚した。

それからどんどん堕ちていく亮を見て、驚いた。だって、亮のことだからすぐに持ち直して、あれがイレギュラーだったのだとメディアに知らしめるのだと思い込んでいたから。彼のそばには彼女がいるのだから余計に、そう思っていたのだ。そこで僕は、彼にとって初めての挫折だったのだと理解した。親友としてなにか元気付けるような言葉を送ったりするものなのだろうけれど、電話に手を伸ばしては亮の番号を発信出来ずにいた。あのような気持ちを抱いてしまった僕に彼を励ます権利があるのだろうかと。電話をかけることができずにいたあるとき、あちらからかかってきた。亮の自宅からの番号で、息を飲んで受話器を取ったら、耳に飛び込んできたのは亮の声ではなかった。


「もしもし、吹雪…?」
「…やあ、久しぶり!…亮の家の電話からかけてるのかい?」
「ええ、そうなの。あれから私たち同棲していて…」
「なんだ、それは知らなかったよ!言ってくれればよかったのに!」


亮の電話から彼女の声が聞こえた瞬間、その可能性は頭によぎったがまさか当たってしまうとは。ああ、彼女と彼はあの時よりも距離を縮めていて、僕が入り込む隙間などないのだと改めて思い知らされた。出来るだけ、声を明るくして彼女に応えた。しかし一体どうしたのだろう、いつも彼女とやりとりをする時僕から電話をかけていたから、彼女からかかってくるのは不思議な感じがした。何かあったのかい?と問いかけると彼女は言いにくいかのように言葉を詰まらせた。その反応に思い浮かぶのは亮に関してのことで。息を一つ飲んで、問いかけた。


「亮のことかい?」
「…そう、なの。私、どうしたらいいか、わからなくて、」


どうしたらいいかわからない、その言葉を僕は亮をどう励ましたらいいかわからない、そういう意味で言っているのかと思った。そう思ったからこそ、君はそばに居てあげるだけで大丈夫だよ、なんてアドバイスを口にしようとした。しかし続けて彼女が言った言葉は。


「私、堪らなく興奮した。亮の初めての挫折に。堕ちていく亮に。こんな気持ち抱いちゃいけないってわかってる、けど…。私、きっとずっと、劣等感抱いてた、亮に」

「…なぜ、僕にそんな話を?」

「…あなたならわかってくれると思って。だってあなたはきっと私と同じ人種だから」


電話越しの彼女の声が僕の核心を抉り出した、そんな気分になった。いつから、見透かされたのか、とかそんなことよりも、彼女の孕んでいる気持ちを知ってしまい、言葉で表現できない得も知れぬ快感が背筋を突き抜ける。愛しい人と同じ感情を共有できたことか、それともこの黒い感情がみんなが抱くものと正当化されるに近づいたからか。受話器を持ちつつも、足元がふらついてぐしゃりと何かを踏み潰す。それはカイザーの姿が載った以前のデュエルマガジンで。


「ねえ、そうでしょう、吹雪?」


彼女が僕を呼ぶ声ではっと顔を上げた。それからすぐ隣の窓ガラスに映った自分に気がついた。そこにいた僕は、酷い、酷い笑みを浮かべていたのだ。

20160326
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