カイザー#めざめる | ナノ
(カイザー変態です)

片鱗は見えていたのだ。気づかないふりをしていた、いや、気がつきたくなかったのだ。そんな彼の一面を、彼の本当の姿とは認めたくなかったからだ。友人という立場からすればそれも彼の個性と受け止め尊重すべきなのだろうけれど、もしこの光景を見たのが経験したのが、私でなく吹雪であったのならば、きっとそうしたのだろう。残念ながら現実それに居合わせたのは、私であった。今思えば引き起こしたと言ってもいいのかもしれない。意図的ではなかったにしろ、殴ってしまったのは紛れもない私なのだから。

いつだったか、たしか三日ほど前の昼休みのことだった気がする。購買のドローパン売り場の前で私は必死に祈っていた。自分のパンだけ買うのならばこんなに気合はいれないが、なにせ今日は友人3人分のパンを頼まれていたのだから、せめて良いものを引こうと珍しく神頼みをしていたのだ。周りに人気が少なかったことが幸いして私の奇妙な姿はあまり人目に触れることはなかった。そしていざ引かんと勢い良く一つ目のパンを掴み、腕を引き抜いたところで私の肘が音にするならばガン!と何かにぶち当たった。肘の痛みと衝撃に何事かと振り返ってみれば、そこには片膝をついてその場にうずくまる見慣れた青緑色の長髪と白い制服。丸藤だった。私の肘がいつの間にか後ろにいた丸藤にクリーンヒットしたらしい、と即座に頭で理解する。掴んでいたパンを放り出し丸藤の前にしゃがみ込み、ごめんと大丈夫と必死に繰り返した。丸藤は右顎を押さえ込んでいて、無意識に自らの手を重ねて彼の顔を覗き込んだ。彼は綺麗な顔を苦痛にゆがませながらも必死に笑顔を作り私に気遣っていた。


「声をかけずに後ろに立っていた俺が悪い。そんなに謝らないでくれ」


それから彼は立ち上がり、私が放り出したドローパンを拾って渡してくれた。一緒に保健室に行こうと言うも、それほどでもないと彼は首を横に振る。なんとできた人間なのだろう丸藤亮という男は。いきなりエルボーを食らわせられここまでスマートに対応出来るものだろうか。保健室に行かなくても寮に戻ったらすぐ冷やしてねじゃないと青痣は長引くから、と伝えつつ彼の右顎に指先を触れたら、彼には痛みが走ったのか小さく声を漏らして体を屈めた。


「ご、ごめんなさい!大丈夫?」


少し顔をうつむかせた丸藤に問いかけるも、彼から返事が返ってこず、そこまで痛かったのかと私は青ざめた。やっぱり保健室に連れて行こうと思い彼の腕を掴もうとしたところで、私は息を飲んだ。見えてしまった丸藤の表情に。どこを見ているかわからない瞳に、それから、軽く赤らめた恍惚とした表情。思わず背筋に得も言えぬおぞましさが走った。見てはいけないものを見た、直感でそう思った。それから彼と視線が合わさり、呼吸が止まる気がした。見てしまったということに気づかれないように必死に振る舞う。必死すぎてそのあと彼となんと言葉を交わしたのかは曖昧だ。気がつけば私は再びドローパン売り場の前で一人立ち尽くしていた。


それから私は意識的に丸藤を避けるようになってしまった。丸藤が居そうなところはなるべく避け、彼の声が聞こえたら物陰に隠れるを繰り返した。おかげであれから彼と顔をあわしていない。人の性癖に文句を付けるわけではない。ただ、混乱と不安で胸がいっぱいだったのだ。今でも彼のあの時の表情を思い出すだけで身震いする。誰にも言えない誰にも相談出来ない、吹雪にすら。

そんな時丸藤から言葉巧みにどうにも断れないように、私の部屋に来るという約束を電話でさせられてしまった。電話ならいいかと安易に彼からの電話を取ったのが運の尽きだ。あの日から、三日経った日のことだった。普段と変わらない丸藤のはずなのに、逃げ道を封じるような言葉遣いや話術に気圧されて、電話越しにも関わらず不気味さを感じた。私は彼が来る時間までぼんやりと部屋で過ごしているうちに、ソファに座りながら寝入ってしまったのだ。なにをきっかけに目を覚ましたのか、ぼんやりとした意識の中薄ら目で捉えたのは今にも消え入りそうな夕焼けのオレンジ色だった。ああ、もうすぐ丸藤が来る時間じゃないかと思ったのもつかの間、私の目の前に人がいるのに気がついた。しゃがみこむように両の膝を床につけ少し前屈みでこちらを見上げる姿があった。何故かしら驚きはなかった。まだまるで夢の中にいるような感覚だったからかもしれない。私は彼の名を確かめるように呼んだ。


「丸、藤、」


来てたのなら起こしてくれればいいのに、と言葉を続けようとした瞬間、自分の右足がなにかを踏んでいることに気がついた。生暖かく脈打っているような何か。確かめるように自身の右足を視線で辿れば、着いた先はひざまづいている彼の、下腹部だった。では、私の足の下にあるのは、と考えたところで意識がクリアになった。これは夢ではないのだと。


「なにを、してるの!丸藤!」


恐怖と羞恥心で足を引こうとしたが、彼の腕が私のふくらはぎを力強く掴み足の裏の不愉快な感覚はなくならない。むしろ彼自身が強く押し付けるようにして、余計に気持ちが悪い。丸藤は熱を孕んだ吐息を吐いた。こちらを見つめる彼の表情は、もっとと求めているようで頭が混乱した。突然のこの状況にも、彼のその反応にも、表情にも。


「気づいてしまったんだ俺は」


どうしようもない変態だろう、困ったように眉を下げ、しかし熱にうなされたような甘い笑みを浮かべて、丸藤は呟いた。あの時殴ってしまった時の、彼の恍惚とした表情を否が応でも思い出した。彼の右顎には綺麗な青あざが残っていて、彼はあの後冷やす処置をしなかったのだと思った。あざへの視線に気付いたのか彼は自分の指先でゆるりと撫であげ、嬉しくて残したくて冷やさなかったんだと言った。わたしの、せい、なのか。


「お前のおかげ、だろう」

夕焼けが落ちた薄暗い部屋の中、彼は不気味に笑った。

かいじゅうがうまれるとき

20160321
--------------
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -