吹雪#うまくいかないバタフライエフェクト | ナノ
「酷い顔をしている」

天上院吹雪はそう話しかけながら、友人の丸藤亮の向かい側の席に腰掛けた。本当に、酷い顔だ。何日もろくに眠れていない、ろくに食事をしていない、そんな顔をしていた。そんな吹雪の心配を他所に、やつれた顔を笑顔にしながら亮は、昨日はおにぎりを食べられたんだ、と力なく言った。おにぎりを食べたといってもどうせ一日のうちにひとつといったところだろう、彼はそのうち衰弱死してしまいそうだと吹雪は心から思った。

「君を一人にしておくのは心配だ。やはりしばらく僕のうちに来るべきだ」
「心配してくれるのは嬉しいが吹雪、俺は彼女と過ごした部屋を片時も離れたくないんだ」

彼女の思い出と離れたくないなんて、そんなことをいって一人でろくでもない生活をしていると、いつしか彼女と同じ場所に旅立ってしまうことになる、と吹雪は思ったが口にしてしまえば亮はそれを心から受け入れてしまいそうで、怖くて、何も言えなかった。つい先月、彼の恋人が死んだ。突然のことだった。誰が悪いでもない、不運なことだったのだ。吹雪は友人が心から彼女を愛していたのを知っている。そんな彼女が突然いなくなり、怒りのやり場のない状況で、亮がこのようになってしまうのは誰にもどうしようもないことだったのだ。まだ、マシになった方なのだ。様子を見たいから頼むから会ってくれと頼み込めば、会ってくれるようになったのだから。

「亮、せめて今夜、僕の家で食事をしないかい?明日香が腕をふるってくれるよ」

このまま亮を帰してはいけない、そんな気がして吹雪はそう提案した。ちらりと亮の表情を盗み見れば、ああ、断られるんだな、と思わされた。次の瞬間亮が口にした言葉は案の定断りの内容で。自分を気遣いつつの言葉選びに胸が痛んだ気がした。なにも彼の力になれない、己の無力さを痛感しながら結局短い会話を交わしただけで、その日は彼と別れた。

次に顔を合わせたのはそれから半月後だった。前回と同じカフェで待ち合わせをし、偶然にも同じ席に座る彼を見つけた吹雪はなにか違和感を感じた。亮からなにか、不気味なものを感じたのだ。理由がわからない、なにか得体の知れない不安感。またせて悪いねと言いながら亮の前の席に座って彼の顔を見ると、驚いた。以前と違って顔色が良くなり、加えて瞳には光が満ち溢れていた。いったい、なにがあったのだ、と思わず息を飲んだ。


「どうしたんだい、まるで見違えたじゃないか」
「今まで心配をかけて悪かったな吹雪、もう俺は大丈夫だ」


そう言った彼はまるで前回とは別人であった。喜ばしいことだ、喜ばしいことなのだが、なぜだか吹雪は心から喜べなかった。亮の見せる笑顔が、どこか不気味だったからだ。結局この不気味さは、この日彼と別れてからも拭い去ることはできなかった。


次に顔を合わせたのは、前回からこれまた一ヶ月経った頃だった。吹雪は、彼の前の席に座るのに、思わず戸惑ってしまった。前回の別れ際と比べると、少しやつれている。仕事が忙しいのだろうか、それとも彼女関連のことで何かあったのだろうか。


「亮、一ヶ月の間になにがあったんだい?」
「少し、うまくいかないんだ。あと、少しなのに…」


彼の言葉を聞いててっきり仕事がうまくいかないのだと吹雪は納得してしまった。力なく笑った亮の姿を見て、またあの頃のように限界までやつれてしまったらどうしよう、と不安がよぎる。あまり無理をしてはいけないよ、在り来たりな助言をしてその日は彼と別れた。亮と別れた後の帰り道、吹雪は彼の笑顔を思い出して、それから身震いした。あのときの亮の瞳が、不気味な色を放っていたことに今気づいたのだ。


「駄目なんだ駄目なんだ駄目なんだ駄目なんだ駄目なんだ。あと少しなのに、あと少しが出来ないんだ、駄目なんだ」


前回から一ヶ月経ったときだった。見るからに亮は壊れていた。吹雪の約束通り待ち合わせ場所には来てくれたけれど、吹雪が席についても話しかけても亮はぶつぶつとなにかをずっとつぶやいている。一体どうしたというのだ、吹雪は変わってしまった友人にどうしようもできなかった。よくわからないことを呟き続ける亮は、急に呟きをやめたと思ったら不敵な笑みを残して挨拶もせずに立ち去って行った。吹雪はなにもできなかったのだ。


次に亮と顔を合わせたのは、その次の日だった。警察に呼ばれて亮の家まで急いで向かった。そこにいたのは自分で喉を掻き切った亮の無残な姿だった。彼になにが起こり、なにを思って死んでいったのか、吹雪はなにも、なにもわからなかったのだ。そして、理由もわからず徐々に可笑しくなっていく彼を、どうしたら止めることができたのだろうかと頭を悩ませた。なぜ、初めの時点で亮を問い詰めなかったのだろうか、そうしていたら亮は死ぬことはなかったのではないだろうか。そんな考えが吹雪の頭を埋め尽くした。


「酷い顔をしているしていわ、兄さん」


明日香は無気力にソファに沈み込む兄の顔を覗き込んだ。兄の親友が死んでしまったのだ、ショックでろくに食事も取れず眠れもしない兄を心配した。血色の失せた兄の手には見慣れない日記が握られていて、それに視線をやれば吹雪は掠れた声で呟いた。彼の遺品なんだ、と。それから、一人にしてくれないかと彼は懇願した。そっとしておくことしかできない、己の無力さを痛感しながら兄をリビングに残し明日香は自室へと向かった。手元の日記をぱらぱらとめくった。亮の字だ。学生の頃と比べると幾分か乱雑になっているけれど、懐かしい彼の字だった。内容を流し見していると、とあるページで手が止まった。「彼女の日記を見つけた。彼女が生き返るかもしれない」興奮したような字で書かれていた。日付は、吹雪が生き生きとした亮と会った日であった。彼女が生き返るかもしれない?そんなはずがあるはずないのに、このころから亮は可笑しくなってしまっていたのか、そう考えたときだった。日記の字が突如歪み、いや吹雪自身の視界が歪み、それから暗転と体が何かに吸い込まれる感覚。

はっ、と視界が開けたときには、吹雪は椅子に腰掛けておりそれから目の前には亮がいた。死んだはずの、亮が。彼はなにかをぶつぶつと呟いている。目の前の吹雪をまるでいないかのようにしながら、不気味に呟き続けていた。そこで思い出したのだ。この姿は、亮が死ぬ前日にあっていたときと全く同じ様子だと。これはまさか、タイムリープをしているのだろうか。もし、タイムリープをしているのなら、亮を助けることが出来るかもしれない、直感的に思ったのだ。


「亮、お願いがあるんだ。今夜僕の家に泊まりに来てくれ、美味しい料理を振る舞ってやるから!」


亮は自宅で死んでいた。ならば今夜彼とずっと一緒にいれば、防げるかもしれない。吹雪の提案をまるで聞いていないかのように、いや、実際聞いていないのだ。急に呟きをやめた亮は席を立ち上がり、それから不敵な笑みを残して歩き出した。このまま帰してしまうと前と同じになってしまう、吹雪は必死に彼を引き留めた。腕を掴んだと思ったら、離せと叫ばれものすごい力で振り切られる。吹雪から逃げるように亮が走り出した先は赤信号の横断歩道で。次の瞬間、普通自動車が彼を思い切り跳ね飛ばした。そんな、そんな、亮、



「酷い顔をしているわ、兄さん」


明日香は無気力にソファに沈み込む兄の顔を覗き込んだ。兄の親友が死んでしまったのだ、ショックでろくに食事も取れず眠れもしない兄を心配した。血色の失せた兄の手には見慣れない日記が握られていて、それに視線をやれば吹雪は掠れた声で呟いた。彼の遺品なんだ、と。それから、一人にしてくれないかと彼は懇願した。そっとしておくことしかできない、己の無力さを痛感しながら兄をリビングに残し明日香は自室へと向かった。吹雪は、あと少しだったのに、と呟いた。もう一度タイムリープできたなら、今度こそうまく亮を止めるというのに。日記をめくりながら、あのときの亮の呟きを思い出した。「あと少しなのに、うまくいかないんだ」まさか、彼のあの時の呟きは。はっとして日記に目をやれば、あのときと同じページ、それから視界の歪みと暗転、何かに吸い込まれる感覚。

彼女が生き返るかもしれない、亮の書き込みはこういうことだったのだ。全てを理解して目を開けた先には、やはり死ぬ前日の亮がそこにはいた。

20160318
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