ヘルカイザー#今日もわたしは与えられる | ナノ
退屈な日々。欲しいものはなんでも与えられて、行きたいところには何処へでも連れてってもらい、血統書付きの娘息子ばかりが通う学校でなんてことのない学生生活を送っている。人から見たら恵まれた生活なのだろうけれども、なにひとつ自分の力で手に入れてなどいないのだ。親が全てを用意してくれる度、どうしようもない虚無感と自分の無力感に襲われる。だから私は両親に自らの願望を伝えることを、いつしかやめてしまった。一緒に食事を取りたいという当たり前の願いさえ、わたしが口にしない限り叶えてくれることはない、そんな両親なのだ。

わたしはもっとわたしの知らないなにかを求めて、フラフラと出歩くようになった。こうして非行少女の出来上がりだ。善い人とも悪い人ともたくさん出会い、面白いところがあると紹介され、地下デュエル場に出入りするようになった。もちろんわたしが参加するほうではなく、観戦するほうだ。ここにいる人たちはみんなおかしな感覚の持ち主だった。デュエルをする方も、観る方も。観客は金を持ち飽きた馬鹿な金持ちばかりで、良い服に身を包み仮面で顔を隠しデュエリストの悲鳴を肴にワインを飲むのだ。デュエリストは大抵、表のプロリーグから堕ちてきたやつか、人を傷つけるのに飢えているサディストあたりのどちらかだ。わたしがここに来るようになってから何人か気が狂ってしまったデュエリストを目にしてきた。攻撃に連動した電撃システムは度を越してしまうと肉体か精神の崩壊を招くらしい。そんなことを知りながらも地下デュエル場を運営しているやつらに驚嘆する思いだ。狂ってる。金のために命を危険に晒すやつらと、命を賭け事に使うわたしたちと。

何時ものように黒いドレスを身に纏い受付で渡される仮面を被る。黒いスーツの男に特等席へと案内され、それから今日の演目の説明をされる。おかしい、メールで送られてきた出場者と彼の説明が噛み合わない。今日はあのデュエリストが出るんじゃなかったの、と問いかければスーツの彼はすこしたじろぎながら急に予定変更になりまして、と言った。反応から察するに、彼も地下デュエルのせいで壊れてしまったのだろう。せっかく気に入っていたデュエリストだったのに。彼がいないなら帰ろうかしらと呟いたら、いつのまにかそばにいた支配人が、今日飛び切りのオススメが入ってくるのでどうか見て行ってください、と困ったように笑いかけてきた。帰ったところでわたしには他の楽しみは無い。支配人のお願いもあることだし、本日地下デュエルデビューらしいデュエリストを見物して行こうじゃないか。

しかしまあ、現れたデュエリストを見て私は思わず目を見開いた。デュエル場の檻の中立っていたのは、表のプロリーグで最近まで持て囃されていたカイザー亮ではないか。テレビで姿を見せなくなったと思ったら、彼はここにたどり着くまでに至ってしまったのか。それから、可哀想に、と思った。これから彼は堕ちて行くのだ。正統派のデュエリストの中でも彼の闘い方には面白いと感じるところがあったのに、出来ることならこんなところで出会いたくはなかった。頬杖をつきながら彼のデュエルする姿を眺めていた。彼にとって最悪なタイプの相手らしく、わたしが知っているテレビで見た彼からは想像出来ない位の苦戦具合と狼狽え方だった。らしくない、彼のことよく知らないくせにそんな風に感じた。そして整った綺麗な顔がデュエルのダメージで歪んで、悲痛な叫びが木霊する。その度に周りの観客は歓喜の声を上げるのだ。ああ、気持ちが悪い空間だ。だがそれこそがわたしに非日常を感じさせてくれる。上の世界じゃ味わうことの出来ないスリル感。いよいよデュエルも佳境に入ってきたところでスーツの男がやってきて、賭けに参加するかどうかを尋ねてきた。スーツの男から視線を外し、もう一度デュエル場を見やる。そこにいたのは迷いも何もかもから吹っ切れたような顔をしたカイザーで、新たに名付けられたヘルカイザーと言う名に恥じない悪どい笑みを浮かべていた。


「わたしはスライム使いの男に賭けるわ」


決意の声が会場に木霊した。ヘルカイザー亮が鋭い目つきでこちらを振り向き、それから視線が合わさった。たった一瞬のことだったのに、彼の視線に射殺されたかのように心臓が飛び跳ねた気がした。わたしはここで様々な人を見てきた。絶望しながらデュエルする人、這い上がろうと必死にもがき抗う人、地獄の淵に立たされて新たな活路を見出した人。大半は散って行ったけれども、きっと彼ヘルカイザーはこのデュエルに勝利をして、何かを手に入れ新たな道を進んでゆくのだろうと思った。わたしは、ここに居て、何が手に入ったのだろう。ここに居続けて、何が手に入るのだろう。

デュエルは予想したとおりヘルカイザーの勝利で幕を下ろした。いつもはスーツの男が賭け金の回収に来るのに、なぜだか今日に限っては支配人が代わりにやって来た。あの時点でヘルカイザーが勝つと君ならば予想できただろう?何故敢えて彼に賭けなかったんだい?彼はわたしに問うた。クラッチバッグの中からチップを取り出し、負けた分だけ彼に差し出す。


「彼は自分の力で手に入れた。その姿に嫉妬したから。ヘルカイザーに賭けたくなかったのよ」


ただ、それだけの話。指からすり抜けてチップは音を立てて支配人の手に渡った。満足そうに笑った彼は店の奥に消えて行った。わたしにとってはここもじきに日常に変わるのだろう。目を閉じて思い出したのは先ほどのヘルカイザーの姿で。きっと、彼にとってもそうなるのだろう。そんな気が、した。


今日もわたしは与えられるだけ

20160314
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