カイザー#カイザーが気に食わない | ナノ
私が彼に抱く感情なんて負の感情以外なにもなかった。みんなから敬愛されてて崇められてて奉られてて、その姿を見て、だからなに?くらいの感想しか思いつかない。天才だなんて帝王だなんて呼ばれてさ、しかもまるで自分にふさわしいなんて顔しちゃってさ、彼が視界に入るたび怖気が走るようだった。周りの子達だって毎日のようにカイザーがどうしたカイザーがこうしたって話題しかしないものだから、毎日それしか考えてないのかよと呆れ返って距離をとっていた。おかげであいつは変わり者なんて言葉がひっそりと囁かれているのを知っている。変わり者と呼ばれようが構わない。彼の話題が耳に入らないのなら、倦厭される方が私にとっては随分とマシなものだ。なぜ彼があんなに慕われているのか私には理解ができない。入学当初からテストがオール満点だから?顔が整っているから?デュエルが強いから?オールマイティ欠点のない人間なんて面白くない、寧ろ気持ちが悪い。だれも私の気持ちをわかってはくれないのだ。


「それはただの劣等感ではないの?」


私の唯一の友人という枠組みに入る天上院明日香は私にそう尋ねた。下卑た見下しを含んだ尋ね方ではなく、純粋に聞いているようだった。完璧な人間への劣等感、確かに私の言い分を連ねてみるとそう捉えられてもおかしくはないのだろう。けれど違うのだ、多少なりとも劣等感を含んでいようとしても、私の胸を渦巻く得体の知れない正体はそれでは無い。


「はっきりと理由が無いのに嫌いというのは良くないことよ。亮が不憫だわ。あなたのこと気に入っているのに」
「…例えばの話をするわ。今そこにゴキブリが現れたとしましょう、その時の明日香の感情が、私の抱くものに似ていると思うわ」


確かにこの感情は劣等感なんてものとは程遠いわね、と明日香は苦笑いをした。この例えを自分でしといてなんだが、とてもしっくりくるものがあった。こんな話明日香以外にしたらドン引きされて、きっと激怒されるだろう。自分が誇りに思っている人をゴキブリ扱いだなんて。もうこの話はやめにしましょう明日香。自ら彼の話をしなくともこの学校にいれば嫌でも聞こえてくるのだから、わざわざ自分から話題にして不快な気分になる必要なんてないのだ。しかし嫌っている相手に気に入られているなんて皮肉な話だ。目も合わせたことも無いデュエルもしたことも無い名前を呼んだことも無いそんな間柄に過ぎないのに。


「あなたが何か吹き込んでいるの明日香」
「亮の話題はやめるんじゃなかったの?」
「あなたが仕掛けているなら釘を指しておかなければじゃない」
「まさか。私は友人が嫌がるようなことはしないわ。
ええと、そうね、ああ、あそこに花が咲いているわ。見えるかしら」
「ええ、見えるわ。…とても、綺麗な花ね」
「その今のあなたの感情が、亮があなたに抱く想いと似ていると思うわ」


あくまで、私の目から見てそう見える、という感想なのだけれど、と明日香はちょっぴり意地悪く笑って見せたが、彼女の言葉につま先から血の気が引いて行く気分になった。ごめんなさい、少し部屋で休ませてもらうわとくらくらとする視界の中立ち上がった。友人が嫌がるようなことはしない、という言葉が即座に翻ったではないか。


「私は、美しいと花を愛でている人の前で無残に手折る人のほうが、好みだわ」


彼にはそんなことは出来ない、彼への感情がプラスに動くことなんてこの先絶対にないわ。私は明日香ではなく、先ほどから私たちの会話が聞こえる距離の物陰に隠れている人物に、言い放った。白い制服の裾が風に靡いて視界の端にちらつく。偶然通りかかったかなにか、よく知らないし知りたくもないけれど、釘を刺すにはいい機会だった。


「いつかは来るかもしれないわ。亮が花を手折り、踏みつけるような日が」


明日香が妖艶に笑いそれから物陰に視線を移す姿を、私は見つめていた。物陰の彼は、なにも言わなかった。

20160312
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