十代#屋上から飛び降りようとする | ナノ
金色のはずの月がなぜか赤黒く濁って見えた夜、私は会ってはいけない人に出会った。その夜空に浮かぶ月と類似している彼の瞳は私の姿を鋭く映し出していてその瞳に映った私は酷く荒れた様子でそこに居た。一瞬私はここまで気力を削げ落とされていただろうかと唖然とするくらいの、私の姿。そこで何してるんだ、聞きなれた彼の言葉が私に投げかけられ響く。同時に彼に対する注意報が赤ランプを点灯させるように頭の中で響き渡り続ける。逃げろ、飲み込まれるな。脳味噌がそう叫んでいるのに足を一歩ですら動かさないのは自分の運命から逃れることを拒否しているからだろうか。それとも先ほど望んで決意した地面との激突劇が彼の登場によって中断されたことに怒りを覚えてるのか、自分でもよくわからない。ただ、私は彼の前から動かない、それだけが事実であることはわかる。季節外れの純白なキャミソールワンピの裾を屋上に吹く強い風が靡かせていった。私は彼の問いかけに答えずただ対峙し続けた。


「随分楽しそうなことしようとしてるじゃん」
「わたしが楽しいんじゃなくてあなたが楽しい、でしょう」
「はは、正解。意外と鋭いなお前」


鋭いと言うのは普通褒め言葉だろうけど彼が言うと貶しているようにしか聞こえないのは決して私の気のせいではないはず。金色に染まった彼の瞳が私の全身を舐めるように見渡した。たったそれだけのことなのに驚くくらいの嫌な汗が噴出してくる。


「で、何で死のうとするわけ」
「知ってるくせに何故聞くの」


ポケットに両手を突っ込んだ彼の影が静かに動きを止める。一際強い風が音を立てたと思ったら、彼は再び妖しく足音を立てて私のほうへと近づいてくる。その間も彼は表情に浮かべた気味の悪い笑みを止めはしない。それが接近してくる彼の姿とともに私を追い詰めてくる気がした。いや、実際追い詰められていてあと数歩で屋上の床の淵というところに居たのに、今は数歩どころかたった一歩踏み出せば身体が宙に浮くところまできていた。


「愛が欲しかったんじゃねえの?」
「愛をくれなかったじゃないの」


ゆっくりと黒い服に包まれた腕が私のほうへと伸びてくる。この腕、だ。この腕が私を離したから、だ。結局十代が私に愛するという行為を贈ってくれていたのは単なる暇つぶし程度にしか過ぎないものだったのだ。私が愛されていることにどんな喜びを示すか、そして突き放されたときにどんな絶望を示すか、どんな風にすがり付いてくるのか。愛して愛されていると勘違いした私を、どんな風に裏切ろうかと実に楽しげに考えている十代の姿が容易に浮かんで私は悔しかったのだ。彼の思惑通りになるかもしれないけれど、私は死を望んだのだ。だと言うのに知らん顔をしてこの場に立つ彼は一体何なのだ。彼を相手にしているのもなんか疲れてきた。早いとこ彼とも世界ともおさらばしようではないか。バサリ、と風にスカートを靡かせ少しの躊躇もなく私は足を踏み出した。出来ることならば私が死ぬことで十代が少しでも後悔すればいいなんて風に包まれながら思ったけれど、あんなやつが私の死なんかで後悔するわけないかと苦笑した。風の中に堕ちる、はずだったのに私の身体は何かに引っ張られて重力に逆らっている。何が起こったのかと閉じていた瞳を開ければまた嫌なやつが視界に入った。何をやっているのだろう十代は。なぜ私の腕を掴んで支えているのだろうか。


「死なせたかったんじゃないの」
「生きたかったんじゃねえの」
「あなたが仕向けたくせに」
「お前が選んだくせに」
「私は選んだのにあなたが止めた」
「俺は止めたがお前が手を離さないだろ?」


じゃあ私が手を離したらあなたがそれを受け入れるの、その問いは喉から出ては来なかった。私の手を掴む十代の顔が今までに見たことないくらいに必死だった。ここで私はやっと理解する。彼の本当の表情を見たのは今この瞬間が最初であって、今までの彼は偽りの姿でしかなかったのだと。笑えない笑えない。その彼の偽りの彼の姿に捕らわれて馬鹿らしい行動を起こしてしまった自分自身も、いままで偽りで私の接してきた十代も、その偽りに惚れてしまった私も、笑えない。空の中途半端で浮く私の身体にはその姿を嘲笑うかのように夜風が強く吹いていた。


神よ、笑え



偽りに飲まれた私を、
愛を隠した彼を、

20160309
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