万丈目#不愉快なはなし | ナノ
一番苦しかったのは、そうだな、海中での窒息死だったかな。水に体が沈んでいって、肺の空気が空っぽになって、空気を吸い込めずただ塩辛い水を死ぬまで飲み込むんだ。苦しくて苦しくて俺は何度も自分の喉元を掻きむしったさ。呼吸が止まり、命が尽きて、それから視界と思考が暗転する。しかし次に目が覚めた時にはやはり海中で、同じ苦しみが襲ってくるのだ。覚めることのない悪夢、ぴったりの言葉だ。それを繰り返すたびにさ、喉元を掻きむしったせいで破れた血管から血液が流れ出て行くんだ。海中に漂う血液は綺麗だったことは覚えている。溺死を繰り返す中そんな余裕があるのかって?100回も同じことを繰り返していれば余裕も出てくるものだ。それがどんなに苦しいことでもな。しかし皮肉にもその血液のおかげで俺は溺死地獄から解放されたんだ。まるで漫画みたいだったよ。血の匂いに誘われて牙を尖らせたサメが襲いかかってきて幾分か咀嚼されかけたが、俺の身体を食べられないと気づいたサメは海面近くに俺の身体を放ったのだ。海面に顔を出して息を吸い込んで、まさに生きてるって素晴らしいと感じたものだ。あと学んだことがある。海での窒息死は再び息を吹き返したとしても海面にたどり着く前に死を迎える可能性が非常に高いということだ。これからは海での窒息死は避けようと心に誓ったね俺は。


「君ももし不老不死になろうと考えているならば、海での窒息死はやめておくことをお勧めするよ」
「お生憎様私はあなたと違って死ぬためじゃなくて生きるために不老不死になりたいのよ」


ははは、変なことを言うな君は。どちらも同じことじゃないか。言い方を少し変えただけで本質はなにも変わらない。ああ、もうひとつ助言があるんだ。不老不死になろうなんて考え、やめといた方が君のためだ。なんてったって不老不死の俺が言うんだ。この言葉は受け止めて自らの行動を変えるべきだと考えるが、いかがかな。いい目つきをしている。俺の言葉なんて聞く気のかけらもない目だ。まあ君がそれでいいのなら別に俺が君を止める義理など一ミリもない。


「いいことを教えてやろう。永遠の命を手に入れて罪の意識に囚われたなら、海中での窒息死を選ぶといい」


とめどなく襲いくる苦しみがきっと君の心を鎮めてくれる。罰を与えられていることに、安心を覚えるんだ。心が落ち着いた頃にきっと俺のようにサメが解放してくれるんじゃないだろうか。もしかしたら悪食なサメに当たって胃袋に直行になるかもしれんが。そうなったら面白いな、手を叩いて笑ってやろう。


「準、命の輪廻を捻じ曲げたら性格も一緒に捻じ曲がるものなのかしら」


安心しろいずれお前もこうなるんだ。笑いながらそう言った俺に彼女は苦い顔をしながら、拳銃の引き金を引いた。脳天を突き抜ける灼熱に意識が飛んで行く。再び目を覚ました時には拘束されたままの自身の体と硝煙がたなびく銃を構える彼女。実験体、銃殺からの蘇生、と冷たく言い放つ彼女に、もう何度目か忘れてしまったおはようを告げた。

20160311
--------------
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -