万丈目#首元を噛みちぎりたい万丈目 | ナノ
激情、とでも言うのだろうか。喉元で突っかかるどろっとした感情の塊。自分が抱くこの感情は普通ではないことは、今ではよくわかっている。なんてことない日常で、なんてことない瞬間で、似つかわしくない感情が俺の喉元まで湧き上がる。はじめはだれしもが抱くものだと思ってはいたが、お前おかしいよとまさかの十代なんかにいわれたものだから、これが異常な感情なことをついこの間気がついた。きっとお前疲れてるんだよ最近色々あったしな、なんて十代は言うのだけれど別に今日昨日で始まったわけではないのだから、原因が疲れだなんてわけがない。きっと十代もなんとなしに気がついている、その慰めの言葉は空っぽで中身がないことを。理由をつけて安心したい見て見ぬ振りをしたい、それだけなのだ。黒い感情を孕んだ喉元を、自らの手で包んでみる。硬いグミのようなでっぱりの喉仏が気持ち悪い。浮きだった血管の感触が気持ち悪い。俺が求めてるのは、
「喉が痛いの?」
彼女の声が俺の鼓膜を揺らして、視線をゆるりと上げた。大きな瞳が不安の色をにじませて、座っている俺の顔を首を傾げて覗き込む。今日も可愛らしいなあなんて思いながら、喉仏って意外と大きいんだなと思ってな、と返事をしながら彼女の首を盗み見た。白くしなやかな首筋。あの薄い皮膚の下には俺とは違って細くて柔らかい血管が張り巡らされているのだろう。ゴクリと生唾を飲み込む。あの首に噛み付いたら鬱血するのだろうか、はたまた真っ赤な血が滲み出てくるのだろうか。想像するだけで身体の奥底から恍惚感が込み上げてきて身震いする。抑えろ、抑えなければ。
「万丈目って男子にしては華奢だけどちゃんと喉仏があるのね」
ふふふ、と細い指先を口元に当てながら笑う彼女。思わずその指先を掴み取り、それから彼女の背中に手を回し自分の方へと思い切り引き寄せた。状況がわからず困惑の声を漏らす彼女の首元に、今正に噛み付くかのように歯を構えたところで身を止めた。今俺の歯は彼女の首元の皮膚を突き破らんとしている。尾てい骨の辺りから脳天まで雷のようなゾクゾク感がひた走る。このまま食いちぎってしまえたら、と考えたところで俺の名を呼ぶ優しい声色が思考を引き戻してくれた。ああだめだ。彼女の首元から離れ、優しい手つきで彼女の身体を抱きしめる。きっと彼女は俺が今喉元に噛み付こうとしていたなんて見えていなかっただろうし、そんなこと考えていたなんて思いもしないだろう。急にどうしたの、と抱きしめ返してくる彼女の肩に顔をうずめる。俺の喉元に突っかかるこの感情は、一生吐き出されることはないのだろう。
赤い糸で首絞めて
20160306--------------