覇王#覇王といっしょ | ナノ
真っ白でしなやかな手足を力なく彼女は投げ出して、無機質な床に背を預けながら視線を天井へ泳がせていた。真っ黒で奥が見えない彼女の瞳は俺ですら見とれてしまうほどの美しさであって、見つめたものを全て虜にしてしまう麻薬のようにも思えてくる。甘く、淡い少女の毒牙、といったところだろうか。そんな彼女の傍らには彼女の世界で御伽話、といっただろうか(確かいつだか彼女がそう言いながら笑ってた気がする。)、それが半開きとなって床に突っ伏してあった。大方途中で飽きてしまった彼女が放り出したものなのだろう。一日中として同じ本を何度も読んでいるから、当たり前でもあるのだろうが。御伽話、それは彼女が言うに、お姫様と王子様が幸せになる話らしい。実に夢物語である。この世界にはないものだから、はじめて見たそれに対して俺の率直な感想だった。軽く視線で文字を追ってみたが、確かにそれは王子と姫が幸せになるだけの話だった。俺にとってはつまらない本を、なぜだか彼女はいつも大事そうに抱えていた。この城に来てからだって、彼女の傍にその本がなかったことは一度たりともない。そして今だって。


「何している」
「この本の幸せに酔ってるの」
「くだらんな」
「だって素敵じゃない。王子様と結ばれて幸せになれるなんて」


王子、その本の中での登場人物で、俺から見たらただの権力と正義持ちのようにしか捕らえられなかった人物。彼女の世界の女は、こういった男どもに憧れるようなものなのか。俺には到底理解できないと話を切ろうと思ったら、思いのほか彼女がこの本について語りだした。そんな幸せに満ちた瞳で物語を語られても、俺に理解する術など持ち合わせていない。彼女の話は俺の耳を右から左へとキレイに抜けて行く。しかし一体なんだというのだ。彼女は王子とやらと結ばれるのを憧れている。なら元の世界に戻ってその幸せを手に入れればいいだろう。ここに居たとしても彼女が抱える夢とは真逆の、覇王と怖れられる俺が居るだけなのだから。その事実が見えていないのだろうか、理想を語る彼女の瞳はやはり本の中へと吸い込まれている。


「わたしもこうなりたいな」
「だったらさっさと元の世界へ帰ったらどうだ。お前が目の前にしているのはその本とは真逆の光景だ」


俺の言葉を聞いた彼女が一体何を思ったか、突然その本を乱暴に破り始めたではないか。あんなに大切に扱っていた本を、突然破きだした、そんな行動に当然俺は意味がわからずついていけるはずもなく、ただ見つめていたら彼女は凛とした瞳で俺を見つめ返してきた。その視線に、俺の中の何かが揺れた気がした。鎧の下の胸の辺りに、違和感を感じる。勢いを感じる瞳をした彼女が、沈黙を待ってくれるはずもなく、桜色した唇が笑顔とともに言葉を紡いだ。


「確かにこの本のお話は幸せだけどさ。覇王と一緒に居る現実がこの本とは真逆だって言うなら、こんな本要らないの。


だって、覇王と居られてわたしはこんなにも幸せなんだから」


「現実が幸せとは真逆」そんなこというのなら、本の中の幸せのほうが私にとっては虚像なのよ。そういった彼女の言葉に、不覚にも俺の胸が高く跳ねた。良くそんな考えが浮かぶものだ。そんなことからしても、俺と彼女は全く違う生物のように思える。いや、実際別次元の生き物なのか、とそんな遠い世界に住む彼女に、惹かれてしまっていると自覚した自分に失笑が洩れた。俺たちの少しの距離に、彼女の言う偽りの幸せが無残に転がっている。


「あなたと居られて幸せよ、覇王」


俺もだ、と自分の気持ちを受け入れたことを彼女に告げたなら、彼女は笑うだろうか。

御伽話を切り捨てて
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