マハード#石板になった後 | ナノ
いつだってそうだった。アテム王の頼みや命令はすんなりと聞くくせに、私のお願いなど一つだって聞いてくれなかった。そこが気に食わなかった。だって恋人だというのに、そんな仕打ちありえないと思うの。しかも王の命令を聞くのだって、逆らったときの仕打ちを拒絶してではなく、心から崇拝して命令されることですら感謝しているし。そんな日々が数年続けば私は彼のどこが好きだったかさえ、忘れてしまいそうになることがある。本当に私は彼の何処が好きだったのだろう。彼は私に対して何かしてくれたことなど一度たりともなかったはずだ。誕生日ですら、神官の職務の為に会ってくれさえしなかった年だってあった。それでも今まで私が彼から離れようとしなかったのは、きっと自分の知らないどこかで期待してたんだと思う。いつかきっと隣に居ればわたしを見てくれる日が来るんだって。一体いつそんな日が来るのか、そんなのきっと誰にもわからないのだろう。神とさえ崇められている王の力をもってしても。私は王宮から見える砂漠と小さな町を見下ろしながらため息をついた。ここから見える景色全部、王の支配下なのだ。わかってる。これだけの権力を持っていて、生まれながらの才能を携えてるあのアテム王に、彼が強く崇拝の気持ちを抱かないはずがないと。最初からそれを理解していて付き合ったはずなのに、今更になって現実を叩きつけられるとは痛いものだ。夜風に髪がさらわれて行く中、冷たい空気に混じって涙声で私の名を呼ぶ声が聞こえた。


「お師匠様の石版が、取り出されたみたいです」
「そう、わかったわ」


愛しき師匠を再び目の前にできるのが嬉しいのか、こうなった事態を悔いているのか、私に駆け寄ってきたマナの瞳は今にも涙が溢れてしまいそうだった。とぼとぼと力ないマナの背中を、私は唇をきつく噛み締め着いて行く。自分勝手な行動を取ったマハード。馬鹿みたい。王のためだと自分を犠牲にしてまで守ろうとしたのに、逆に返り討ちにされちゃうなんて。ほんと私や自分のことなんかよりも王のことが一番。石版の前に辿り着いた私はマナには席を外してもらい、周りに誰も居ないことを確認した後思いっきり蹴ってやった。黒き魔術師とマハードが交わった姿が書かれていた石版を。しかし相手は石の塊なだけあって、石よりも私の足へのダメージが大きかった。痛みに涙を目に溜めながら、憎しみを込めて私はマハードの馬鹿と思いきり石版に言い放つ。


「馬鹿とは酷いな」


先ほど周りには誰も居ないことを確認した。ここには私一人しか居ないはず。それなら応えが返って来るはずはない。でもただ一つだけ応えが返ってきた可能性があるとしたら。勢いよく振り返った先には地に足がついていない、空中ふわふわと浮く紫色の鎧を纏った恋人の姿だった。少し変わった彼の姿に一瞬脅えもしたが、間違いないこれはマハードだ。ほんの少しの嬉しさが彼の顔を見て浮かんできたが、それと同時にあふれ出したのはいままで不満。もう、誰かが召喚しているわけでもないのに、なんで彼が石版から出てこれているのだろうかなんて、どうだっていいこと。言いたいことだけ言ってやろう。


「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いのよ。嫌いよ。大っ嫌いよ、マハードなんか」


嫌いだ嫌いだ。今まで胸に埋めてきた思いが、嫌いという言葉として形になった。恋人には何ひとつしてあげない、しかもその恋人を置いて行っちゃうなんて。今すぐこの石版を砕いてあなたをなかった物にさえもしてしまいたいくらいに、私の悔しさが爆発した。そんな私を前に彼は眉を顰めていい放つ。出てきた言葉に私は耳を疑った。


「私は愛していたつもりだったがな」


愛していたつもり?私たちが過ごした日々を思い返しても、私たちの間には愛や思いやりというものがひとつたりともないのに。あなたは私を愛していたつもりだったのだろうか。それだとしたらとんだ勘違い野郎だ。でも悔しいのはそんな勘違い野郎に自分が惚れていた事実だ。死んでしまえといいたいところだが、今の彼は死んでいるようなものだ。だからこんなにも悔しくて哀しい。死んでしまえ、そんな言葉が喉の奥でつっかえてる私を、彼は切なそうな瞳で見つめてきた。そして鎧で包まれた指先を私のほうに伸ばし、触れられるわけがないのに撫でるように私の頬に滑らせる。次は、お前の望むように愛そう。次は、お前の我が侭だけを聞こう。彼はそう言った。次なんて、誰にもわかるはずないのに。

私の前から居なくなった後でそんなことを言うこの男が憎くて愛しくて、溢れ出す涙もそのままに、触れられるはずもない彼の身体を私は思わず抱き締めた。


「来世でこそ、お前だけの私になろう」


愛されていると理解したのはもうすでに遅かったのです。
(その言葉を最後に彼は消えていった)
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