クロウ#烏に恥じない真っ黒さ | ナノ
違った。全てが、違ったのだ。彼女に向ける彼の瞳の優しさと、私を貫く彼の視線、比べるまでもなく違うと感じた。いや、違うと思わないほうがおかしいと思う。その食い違いに気付いてから二週間くらいだったか、私は彼に振られたのだとようやく気が付いた。思い返してみれば確かにそうだ。彼、遊星の視線だけじゃなく接し方だって彼女の私よりも友人のアキちゃんを優先させていた。なんで私は半年という時間を彼と過ごしていて、やっと気が付いたのだろうか、今までの時間がまるで無駄じゃないか。私がデートに誘った時だって、遊星はアキちゃんとの用事を優先させた。クロウやジャックがいくら遊星は優しいからと宥めてくれたって、今考えれば私などどうでもいいように遊星は考えていたんだろうな。そういえば私は遊星と他の女の子のことよく考えていなかったのかもしれない。ああ、考えてなかったからこうなったのか。遊星が誰と仲良くしたって、私が彼女なんだから大丈夫なんてバカな考え、一体いつから私は思い込み始めたのだろうか。一体いつから遊星の心が私から離れてしまったのだろうか、なんて全く私には理解できる術は無かった。一人佇む海辺から、指輪を思いっきり投げ込んだ。あーあ、遊星が贈ってくれたハートのワンポイントが海水に浸っていく。何でだろう。泣けない、悲しくない、苦しくない、憎くない、虚しい。ぽっかり心に隙間が開いてしまったようだ、と月と星たちが映し出された海に向かって呟いたら、「俺が埋めてやるよ」なんて返事が返ってきた。おかしいな、独り言に返事が返ってくるなんてと振り返れば、ブラックバード号に跨るクロウがいた。相変わらずつんつくつんの頭だ。さっきの台詞、一体どういう意味?と視線で訴えかけてみたらどうやらわかってくれたらしく、言葉のまんまだなんて彼は言い返した。そういわれても私の頭の処理は追いつかない、というか処理しようとしていない。


「驚いてるのか、無関心なのかどっちなんだ?」
「たぶん、後者」
「自分のことなのにたぶんってどうなんだよそれ」


はは、と軽く笑いながらクロウはじゃぶじゃぶと海の中に入っていった。海水がどんどん彼のブーツの中に吸い込まれていく。冷たくは無いのだろうか、なんて考えながらよくわからないことを始めた彼をボーっと見つめる。視界に入れていただけだったかもしれないが。腰を屈めて両手で水を掻き分け、指先で何かを摘みながらあったとクロウは感嘆を上げる。何で捨てちまったんだよ、と彼は私がさっき海に投げ捨てた遊星から貰った指輪を押し返してきた。ああ、見られてたんだ。彼はなにを考えているのだろうか。捨てる理由なんて、要らないからに決まっているというのに。要らないから捨てたんだよと言うとじゃあ俺が貰っとくと言った。クロウってばいつのまにそんな趣味を作ったのだろう。軽く引いた瞳で見つめれば彼は慌てて手を振って否定をする。俺がつけるとかそういうわけじゃねえよ、ってそんな必死にならなくても一応はわかってるつもりだよ。クロウは優しい。私の考えてることなんてとっくにわかってるだろうし、それを思っての行動だろう。こんな勢いで捨てずにさ、踏ん切りつけてから捨てた方が後悔しないぜ?と彼は私の手を引いてブラックバード号に無理やり乗せる。そして彼がしていたヘルメットを私に被せ、彼はエンジンをつけた。夜風が、冷たい。


「クロウ、ノーヘルだと危ないよ」
「クロウ様の頭は石より硬いんだよ」
「セキュリティに捕まっちゃうよ」
「ブラックバード号はそんなやわじゃねえよ」
「それじゃ余計に追いかけられちゃうよ」
「そんときゃお前だけでも逃がしてやるから安心しろって」
「クロウ」
「ん?なんだ?」
「さっきの言葉信じていい?私の心、埋めてくれるって」
「おう、あたりめーよ」


なんたって俺はお前のこと好きなんだからな、とDホイールを運転しながら彼は高らかに笑う。遊星とうまくいってないんだろ、だったら俺はお前を支えたい、遊星といるのが辛いと考えるならば俺のとこに来いよ。笑顔しながら彼は言うのだ。純粋なくせにずいぶんと彼は残酷なことを言うものだ。いや、遊星の気持ちは私に無いから残酷なわけないか。それにしてもクロウは私と遊星の関係のぎこちなさに気が付いていたのか。ということはジャックも…。二人はそれを知っていながら私に接してくれた、そう考えると苦しくなった。そうだ、そういえばクロウもジャックも最近は私に構ってくれていた。夜通し一緒に騒いでくれたり、ジャックは毎日私に美味しいコーヒーを入れてくれたり、クロウは配達の仕事とともによく私をいろんなところへ連れて行ってくれたりもした。ああ、全部私を思ってのこと。


「ありがとう、クロウ。迷惑かけてごめん」
「全部俺に頼っちまえよ」
「うん、そうする」
「ついでに俺に惚れちまえよ」
「うん、そうする」
「…まじかよ」
「うん、まじ」


言われて好きになるというのはおかしいかもしれない。でも今の私にはクロウが必要だ、心が叫んでる気がした。ゾラの家に着くとクロウは、車庫にブラックバード号を置きに行くから先に部屋に行って寝てろよ、私に言った。その言葉どおりに私は自室へと向かおうとしたらその行き先を邪魔する人が居た。遊星、と紡いだ声は酷く枯れていた。


「どこ行ってたんだ」
「どこって、遊星には関係ないよ」
「…そうか」
「用事はそれだけ?」
「お前が帰ってくるの、待っていた」
「そう。それ、待ってる人を間違ってるよ」
「どういう意味だ…?」
「私たち別れたんじゃない」
「なんで、そうなってるんだ」
「遊星、アキちゃんのこと好きなんでしょ」
「十六夜は、仲間だ」
「違うよ、遊星は自分で気が付いていないだけなんだよ。アキちゃんとお幸せにね」
「っ、違うんだ!聞いてくれ!」
「お休み」


ばたんと私は自室の扉を閉めた。何が違うんだろうか、遊星の言っていたことに大して興味を示さなかった自分自身に失笑が込み上げてくる。遊星の気持ちが私から離れていったのと同時に私の心も遊星から離れていったんだろうか、なんて考えながら窓を開けると下にDホイールを止めているクロウが見えた。思わず彼の名前を呼んだ。


俺は自分で思っている以上に歪んでいるらしい。始まりは遊星が俺に相談を持ちかけてきたところからだ。あいつが彼女なのに自分に対して無関心なのだ、どうすればいい?なんて聞いてくるから俺は驚いた。なんだ、二人は仲良くやっていたんじゃなかったのかと表情には心配を浮かべながら心では笑っていた。十六夜を使ってあいつに妬かせればいいんだよ、という俺の作戦に遊星は簡単に乗ってきた。おかげで遊星に振られたと勘違いしたあいつは俺に寄りかかってくれた。ああ、最高だ。もうあいつは俺のもの。


「ありがとな、遊星」


部屋の窓から顔を出して俺の名を呼ぶあいつに手を振りながら、足元に落とした遊星が彼女に贈った指輪を思いっきり踏みつけた。
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