万丈目#風呂に入る | ナノ
可愛らしいピンクのパッケージを開け、無駄に広い湯気の立つ湯船の中にそれを振り撒けば、一瞬にしてお湯がピンク色に染まった。それと同時に湯気は甘い香りに染め上げられ、バスルームはイチゴフレーバーで溢れかえる。体を湯船に埋めている私に対し、我が恋人はシャワーを浴びながらその光景を見ていて、甘い香りが彼には合わなかったらしく少しだけ眉を顰めてこっちを見ていた。濡れた髪を伝って鎖骨あたりに雫が落ちる彼は妖艶なオーラを醸し出していて、少しだけ胸が跳ねる。私なんかより色っぽいんじゃないかな。しかし怪訝な顔を向けられるとは少し不服である。この入浴剤を持ち帰ってきたのは自分だというのに。プロリーグで活躍する彼は自然と人脈が広くなる。CMを見て私がこの入浴剤いいなと洩らしたら、今入手困難なこの商品を彼は知りあいに頼んだと言って、持ち帰ってきてくれたのだ。なんともプロとは便利なものである。なんて言ったら怒られたが。いつも一緒にお風呂に入っているんだから、私がそれを使う機会といえば彼と一緒のときに決まっている。嫌だったんなら持って帰ってこなければよかったのに、と言ったら彼は「お前が欲しがってるものなら何でも用意してやる」と返してくる。うわ、ただでさえお湯で体が火照っているというのに、体温が二度くらい上がったように熱い。というか照れるんだけど。泡を全て流し終えた彼は甘ったるいな、と呟きながら私同様、身を湯船に沈める。そりゃ甘いよ。だってパッケージにはイチゴミルフィーユの香りってあるんだもの。


「もっとこっち来い」
「ちょ、待って、引っ張らないでよ!」


のんびりとミルフィーユの香りに酔っていたら、湯船を侵略してきた準にいきなり腕を引かれてお湯の中ですべり、転びかけた。何をやっているんだ、と呆れたような顔を彼はこちらに向けていて。こうなる原因を作ったくせに、と少し睨む。そうして視界に入ったのは筋肉のしっかり付いた彼の上半身。彼も大人になったもんだ、と思った。そういえば身長もアカデミアを卒業してから随分と伸びたようだし、在学中は私と同じくらいだったっていうのが嘘みたいに、今では彼と並ぶと差ができてしまう。女子みたいに細かった、私を抱き締める準の腕は、今は力強く頼りになる感じだ。とかなんとか頭の中で回想を繰り広げていたら、私はいつのまにか後ろから彼の腕の中に閉じ込められている。せっかく広いバスタブだというのに二人でこんなにくっついているなんて、少し不思議な感じだ。でも幸せ。


「幸せ」
「そうだな」
「こんな甘い香りに包まれて、準に抱き締められて」
「甘い香りはごめんだが、お前を抱き締めるのはいい気分だ」


後ろからそうやって言う彼の吐息が耳元にかかってくすぐったい。そして少し身を捩じらせると、準は逃がさないかというかのように抱き締める強さを増してきた。密着した肌から彼の体温と鼓動が伝わってきて、甘い香りとともに時間が流れていく。きっとこういう瞬間を幸せと呼ぶのだろうな、なんて考えながら。ふと背中、というより首筋にヌルリという感触がして、ドキリと胸が跳ねる。待って、と声をかけるにはもう時既に遅しという状況で、振り返って見た私の首筋に舌を這わせる彼の表情は、実に楽しそうだ。慌てる頭でカレンダーの予定を浮かべて見たら、明日は重大な予定が入っている。私のじゃなく、彼の。


「待った、ね、待ってって、準」
「嫌だ、待たない」
「いやとか言うな!明日からリーグツアーでしょ」
「だからだろ」


ツアーで何日会えないと思っている?と首筋に顔を埋める彼は、いくら言っても行動を停止することはないだろう。確かに何日も会えないのは辛いが、前日の夜にこんなことをされてしまっては彼の体調が心配だ。きっとそんな後々のことも考えずに彼は行動しているに違いない。唇から洩れた溜め息は甘い湯気に混じって消えていく。幾分か抵抗はしていた私だったが、イチゴミルフィーユより甘い彼の言葉に観念してゆっくりと彼の首に自身の腕を巻きつけた。
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