カイザー#勝手な失望と | ナノ
相手のフィールドにモンスターが召喚され、攻撃が繰り出される。
それから私は伏せていたトラップカードを発動した。このターンを凌ぎ着ればまだ勝機は残っている。そう思って。
しかしながらそれを見計らったかのように、相手も高らかにトラップカードを読み上げる。伏せてあったカードがオープンし、そして巻き戻し処理が行われる。ああ、ライフポイントが尽きる音がした。


最悪の試合だった。相手は校内ランキングでもかなりの格下。どんな相手でも負けるつもりでデュエルはしないけれど、今回ばかりは負ける気なんて微塵もなかった、それなのに。
尽くモンスターの召喚を邪魔され、トラップを防がれ、挙句の果てにはこちらの戦略を利用されさえしてしまった。
しかも最悪なことに、勝負に負けて唖然としている私を横目に、隣のフィールドでは当たり前かのようにカイザーが勝利を収めていて。
自分の試合は負けるわ、隣でライバルには勝利を見せつけられるわ、散々だった。
せめて負けたのがカイザー相手であったのなら、負けにも価値を見いだせたのかもしれないのに。


購買で買ったカフェオレを片手に、誰も使ってない教室で先程の試合の振り返りをしていた。
試合記録をPDAに映し出し、自分のフィールドだけだがカードを並べてあの瞬間を再現する。
同時に思い出されるのは相手のあの勝ち誇った顔。
……ムカつく。負けた私が悪いのだけれど、そう思わざるを得なかった。
3枚の手札に目を落とし、それからあの時防がれたトラップカードを見やる。この効果が防がれなければ、まだ起死回生の手段はあったのに。
タラレバを脳内で繰り返しながら、大きくため息をついた。全ては自分の決断によるものなのに、こんなにも悔しいし苦しいし、後悔が止まらない。
気がついたらカフェオレのストローを噛み潰していた。


最近はどうにも調子が悪すぎる。
ライバルのカイザーに負け越しているどころか、今日のような格下の相手にすら自分の戦略を展開することが出来ないことが続いてる。
どうにか抜け出したくてデッキ調性に取り組んだり、色んな勉強会に顔を出しては試行錯誤してみてはいるものの、どうにも歯車が上手く噛み合っていないようだ。
吹雪はスランプなんてすぐに抜け出せるよ、なんて言ってはいたものの、スランプの自覚がなかった私としてはその言葉が重くのしかかった。
これがスランプか、なんて意識しすればするほど、泥沼にハマっていくようだった。
そして未だ抜け出せず沼に両足を取られている。


今日の試合、せめて隣のフィールドの試合がカイザーでなければよかったのに。
思いを寄せている相手の横で、無様に負けを晒すなんてダメージ倍増でしかない。
試合後に合わさったあの視線がまだ頭から離れないな。もともと突き刺すように冷たい瞳がより一層冷たく感じた。
手持ちのカードを卓上に手放し、それから背もたれに深くもたれ掛かる。大きくため息を吐き出し、それから瞳を閉じると、窓の外からワイワイと賑やかな声が耳をついた。
恐らくまだ他の生徒たちは試合をやっているんだろう、私の順番は早めのほうだったから。
モンスター召喚、効果発動、それから伏せカードのオープン。聞きなれた言葉が少し遠くで飛び交うのをぼんやりと聞き入った。
私がカイザーを好きになったきっかけも、こんなよく聞くフレーズの声がとても心地よいと気づいてからだったっけ、と思いだした。
そんな声が聞きたくて、よくデュエルを挑みに行った。彼はそんな私を煙たがるどころか、どちらかと言えば快く受け入れてくれていたように思う。
吹雪と幼なじみだった私に気を使って良くしてくれただけだったりするかもだけれど。
それから、真っ直ぐな瞳にも惹かれていった。熱いデュエルとは裏腹に冷静に冷めきった瞳でフィールドを見つめるその姿が、とてもとても美しいと思った。
彼を想っているからこそ、釣り合うようなライバルでありたかった。一時は肩を並べるような地位にはなれたものの、今やスランプの泥沼の私とは天と地の差がある。
近づけたと思ったけれど、デュエルも恋も上手くは行かないものだ。


これ以上とっちらかった頭で振り返りをしたところで身にならない。カードを片付け、それから切り替えて、また勉強会の参加でも検討しようかなと、情報掲示板の方に足を向けてみることにした。
目的地にたどり着いた先には、見知ったクラスメイトがいた。スランプになってから勉強会に顔を出してみないかと誘ってくれた友人だ。
あちらも私の足音に気づいたのか、不意にこちらを振り向きそれから笑みを描いてこちらに手を振ってきた。


「よお、勉強会探してるのか?」
「ええ、ちょっと実践よりも勉強会で視野を広くしていったほうがいいかなと思って」


そうだよなあ、実践も大事だけど勉強会で他の人の思考から学ぶのも大事だよなあ、なんて顎に指を当てながら彼は掲示板を見上げて言った。
正に私も同様に考えていた。実践で出せるのは自分が持ちうる知識、力のみだから。スランプから抜け出すには、私の外の力が必要だなんてそう思ったのだ。
2人で掲示板を見ながら、あーでもないこーでもないくだらない事を織り交ぜながら言い合いをして、この勉強会に一緒に参加しようだなんて笑いながら話していた。
そんな空気を切り裂くような声が響いた。
そこを通して貰えないか、そう言葉を紡いだのはカイザーの声だった。
はっ、とし声の方に振り返る。通行者のことをあまり考えず廊下に立っていたものだから、カイザーの邪魔になってしまっていたようだ。
まさかここで彼に鉢合わせると思ってなくて、少しよろけてしまった所、友人が私の腕と肩を引き寄せ、支えつつもカイザーに道を開けるようフォローを入れてくれた。

すまないカイザー、友人はすまなさそうに眉を八の字にし、彼に謝罪を述べる。すかさず私もごめんなさいと言葉を続けた。
それからカイザーは空けられた道をすんなり通り過ぎて行くと思いきや、一歩こちらに近づき真っ直ぐの瞳は私を見つめていて。
それから私の腕を掴んでいた友人の手を引き剥がし、そのまま今度はカイザーが私の腕を掴んで引っ張った。
引っ張るというか引きずるというか、腕を掴んだままカイザーは友人も私もお構い無しにずんずんと歩いていく。困惑する私と、掲示板前に置いてけぼりになる友人。


「カイザー!痛い!」


強い力で引っ張られ続ければ腕は痛むし、いきなりの事で何が何だか分からず声を荒らげた。
人気がなさそうな廊下の先で、私はようやく解放された。乱雑に腕を離されて。
先程まで掴まれていた右腕を、反対の手で宥めるように摩った。ジンジンと痛みが残る。
一体なんだって言うんだ。想い人にこんなことされても理解不能で、不気味なものに対する動悸がする。私の腕を離したカイザーは、私に半分背を向けたままため息をひとつ。視線だけこちらに向けて、目が合う。


「うつつを抜かしている場合があるなら、もっと腕を磨いたらどうだ」


ぐしゃ、胸の奥の何かが強く握りつぶされた気分だった。ひゅっと呼吸がつまり、動悸がよりいっそう早まる。

先程のやりとりが、ただの戯れに見えたのだろう。
ライバルを宣言していた人間が、最近は成績が振るわず、それに向き合わず挙句の果てには友人とお遊びをしようとしているように見えたのなら、カイザーとしては呆れるのは当然だ。
ただ、私はこの苦境を抜け出すために、あなたの知らないところでもがいてはいたし、苦しんでもいた。そして知見を広げようと友人と話していたところだった。
切り取った瞬間だけで判断されてしまったのだと思うと、今までの私たちの関係性が全て崩れ落ちて……言うなれば無駄だったのか、そんな絶望に叩き落とされた気分だった。
彼は私の事何も見えてはいなかったのだな、と。
阿呆らしい。なにが、せめて隣のフィールドで戦っていたのがカイザーではなくて別の人であったのなら、だ。私が彼を気にしたところで、彼は私の何も分かってはいないというのに。

惨めというのは正にこの事だろうか。ライバルとしての立ち位置も、この想いも、今となっては私を惨めにさせる材料でしか無かった。
きっとカイザーは挫折なんてもの遠い存在だっただろう、もがいてももがいても抜け出せないこの苦しみも知らないだろう、想い人にわかって貰えず惨めな思いした事ないだろう。
そう考えると締め付けられた胸の苦しみが喉のつっかえとなって吐き気がしてくるようだった。
それから私は唇を噛み締め、それから必死に笑みを浮かべた。精一杯の強がりだ。


「貴方にはわかりはしないでしょうね」


最後まで言いきれたかは分からない。
告げたあと夢中で反対側に走り出したから。
ああ、そういえば飲みかけのカフェオレ教室に置いてきてしまったんだっけ。
奥歯をかみ締めながら、込み上げる何かが溢れないように、ただただ廊下をはしりつづける。
教室にたどり着いた時には息も絶え絶えに、膝に手を付き前屈みでぜーはーと肩で息をした。
窓の外からはまだ遠くで効果を告げる声がしていて。思い出されるのは今日の試合。トラップが防がれ、それから、ライフポイントが尽きる音がして、ああ、隣のフィールドから見つめるカイザーの瞳は確かに失望の色をしていたのだ。

20221101
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