カイザー#ひとり相撲 | ナノ
好きです、付き合ってください、なんてありきたりの言葉で告白をしたのはもう一年も前のことだったか。
あの時はたった二言の言葉を伝えるだけなのに、口から心臓が飛び出るんじゃないかってくらい緊張したんだっけ。
伝え終わった後も答えを聞くのが怖すぎて、今すぐに逃げ出してしまいたい気持ちに苛まれていたものだ。
思いを告げたのち、永遠にも感じた沈黙を打ち破ったのは、カイザーの「わかった付き合おう」という言葉だった。
次の日の朝目が覚めた時、あれはすべて私にとって都合がいい夢だったのではないか、と現実逃避をしたくらいだ。


それから始まったカイザーとのお付き合いは、私のとって幸せの日々だった。
お昼を一緒に食べながらデッキ構成をアドバイスしてもらったり、試験の勉強を一緒に図書館でしたり、業後には隣に並んで寮まで帰路についたり。
彼の隣にいるだけで幸せだった。喧嘩することもなくこのまま幸せな日々が続くと思っていた。


「卒業後はプロの道に進む」


いつものように昼食を一緒に採っているときに、半年後に迫った卒業後の進路について、彼は何気なくそういった。
その言葉を聞いた時には、まあアカデミアの誇るカイザーなのだから当たり前よね、とそう思った。
その時にふと思った。卒業後も私たちは変わらずにいられるのだろうか。
彼はプロの道に進む。それに対して私は?
私がなれるものなんて限られている。できることも少ないし、デュエルもカイザーに比べたら、いや、ほかの生徒と比べても得意とはいいがたい。
担任との面談では、基礎学力は問題ないので普通の大学でも目指してみてはどうか、と勧められたものだ。

それから私は彼の隣にいるときは、二人の未来をふと考えるようになった。そんなことしなければ幸せでいられたのに。
そもそもカイザーは卒業後の私たちについてどう考えているのだろうか。そんな話は今まで一回もしてこなかったものだから、私には彼の考えがさっぱりわからなかった。
そこで気が付いてしまったのだ。今までの私とカイザーの過ごしてきた日々は、自分だけ満足していて彼は何を思って過ごしてきたんだろう、と。
付き合っていながら、私は彼について知らないことが多すぎる。
それを自覚したとき、今までの熱が一気に冷めて、それからぞっとした。

相手のことを考えずに気持ちの押し付け、ただの自己満足。
自分の愚かさに気づいて、冷や水をぶっ掛けられた気分になった。
彼は確かに付き合おうといったけれども、今まで一度も好きと言ってくれたことはない。
昼食を一緒に採るよう誘ったのも私から、勉強を見てほしいと、一緒に帰りたいと強請ったのも私、全部私なのだ。

それに気づいてから、私はカイザーの顔をうまく見れなくなった。
今まで気づかなかった自分への恥ずかしさと、彼が何を考えているかわからない恐怖と、恋人という関係なのに問いただすこともできないみじめさから。
それから、彼が何も言わないのをいいことに、彼を解放してあげることができない強欲さも。


彼は当たり前に卒業前にプロテストに合格し、プロへの道が確約された。
スポンサーも複数名乗りを上げたらしい。卒業前なのにすごい期待だ。
その話を聞いて、私はようやく決心することができた。彼に別れを告げることを。
今まで彼のやさしさか同情かはわからないが、それに胡坐をかいて関係を続けてきたが、ここらが潮時というものだ。
アカデミアの卒業とともに、彼との関係を終わりにしよう、そう決めたのだ。
どうせ私が強請らなければ、せがまなければ、会うことさえなくなってしまうような関係だったのだ。


卒業式の後、彼を告白したあの場に呼び出した。
告白をしたあの日から1年がたって、思い出の場所できれいにさよならを言ってお別れをしたかった。
桜が舞い散る中、彼は待てども待てども現れなかった。彼から連絡がきたのは待ち合わせの1時間後で。
スポンサーから呼び出しがあって式の後すぐにアカデミアを離れる必要があり連絡に今気づいた、なんてことだった。
画面に浮かぶ無機質な文を見て、頭を鈍器でぶん殴られた気持ちだった。
きちんと終わらせることすらさせてくれないのか。私の恋って踏んだり蹴ったりだな、なんて。
最初から最後まで私の一方通行だった。ふふっと自嘲をこぼし、カイザーの連絡先をブロック、それから消去する。これでもう彼とは連絡が取れない。
次会う約束もしてない、卒業後に私が住む家も彼は知らない、進学する大学は話題に挙げたけど彼が覚えてるかわからない。
テレビで見かけることはあっても、もう彼と会うことはないんだろうな、と思うと胸の奥底から熱いものがこみあげてきて、嗚咽となって口から零れ落ちた。
告白をした場所で、一人しゃがみこんで泣きじゃくる姿なんて無様なものだ。





彼女と連絡が取れなくなったことに気づいたのは、卒業から1か月がたった後だった。
卒業後はプロ入りが確定していたため、卒業式の次の日からスポンサーに綿密なスケジュールを突っ込まれていた。
関係各所にあいさつ回り、デッキ調整や諸大会の日々で忙しく、彼女からの連絡が来なくなっていたことに全く気付かなかったのだ。
今まで自分が連絡をおろそかにすることはあっても、彼女からの連絡がここまで長期間途絶えたことは今までなかった。
何かあったのだろうかと思い、彼女へメッセージを送ったが、帰ってきたのは宛先不明のシステム通知。
宛先不明?今までこの連絡先で連絡取れていたのにそんなはずはない。
その時に、最後に彼女と連絡を取ったのはいつだったか、記憶の引き出しをひっくり返して卒業式のあの日だったことを思い出す。
そういえばあの時話があるからここに来てほしいと連絡があったが、式後にそのままスポンサーに連れ出されたため連絡に気づくことも待ち合わせ場所に行くこともできなかった。
あれから、彼女と連絡を取っていなかったのだ。

それから、宛先不明のシステム通知をもう一度見やり、現状を把握したとたん血の気がざあっと引いていく。
メッセージは連絡つかない、では電話は?かけてみるものの、いつもの彼女の声ではなく無機質な合成音声が、この番号は使われていないと吐き捨てた。
それからそれから、じゃあ、ほかにどうやって彼女に連絡を取るか頭を巡らせる。

そこで自分は彼女のことを全然知らないことに気が付いた。
卒業後の進路は?大学に受かったと言っていたが、どこの大学に?
実家も知らない、卒業後の新居も知らない、知らないのだ。
脳裏によぎるのは俺の隣でいつも嬉しそうに幸せそうにしていた彼女の笑顔。

1年もの時間を一緒に過ごしてきたのに、俺は彼女のことを何も知らないし、知ろうともしていなかった。
そんな自分の愚かさに気づいて、指からケータイがすり落ちる。ガン、と床とぶつかる音が響くが、拾う気になれなかった。

それからようやく気が付いた。
俺は今自分の行いの愚かさに気づいたけれど、彼女はきっとずっと前からそんな俺に見切りをつけていたのだと。
彼女の幸せそうな顔に満足し、自ら行動することがなかった自分が腹立たしい。
何も言わず連絡を絶ったのは、彼女から自分への罰なのだろうか、それともやさしさなのだろうか。
卒業後一月経ってから気づくなんて、本当にばかばかしすぎる。

20240121
--------------
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -