カイザー#恋愛パラドックス | ナノ
考えてみてくれないか、そういった彼は困ったように眉根を寄せていて、主人に叱られた子犬のようだと思った。
実際の彼は子犬とは程遠い高身長の大人なわけで、こんな大の大人がそんな顔をするものだから何やら私の奥深くで眠りこけている母性とやらがくすぐられる気分だ。
酒のせいか、私の回答がないことへの不安からか、見つめてくる彼の瞳がゆらゆら揺れている。
まるで海の中で優雅に泳いでいる熱帯魚のようだと思った。
彼の言葉を頭の中で反芻し、考える、を実行してみる。ゆっくりと彼から視線を外し、少しだけ中身の残った手元のワイングラスに目線をやった。
彼の青緑と対照的な深い深い赤色。その赤色を見つめながらわいてきた感情は、なぜ、だった。

彼、丸藤亮とは同僚で、飲み友達で、ライバルだった。
少なくとも私はそう思っていたのである。

物心ついたころには私は彼のことを知っていた。デュエルモンスターズにかかわる人間であったら彼のことを知らない人はいなかったと思う。
ジュニアリーグのころからサイバー流ですべての優勝を掻っ攫っていた有名人だったから。
何度もリーグで出くわしたし、何度も彼に負けた。悔しくて悔しくて次回こそはと、一方的にリベンジに燃えていたある時、彼はリーグから姿を消してしまったのだ。
風の噂によるとデュエリスト養成学校のデュエルアカデミアに入学したらしいとのこと。
あんなにライバル視していた相手がリーグから突然いなくなってしまったものだから、私の熱量の行く末がなくなってしまった。不完全燃焼だ。
将来有望なデュエリストを集めて教育しているらしいデュエルアカデミア。
自分も進学先の候補として考えなかったわけではないのだから、彼がそこに入学するくらい思い当ってもよかったのに、陸の孤島だから本島のリーグには参加しにくいってちょっと考えればわかるはずなのに、実際にことが起こってみるまで想像もつかなかった。

そこからようやく彼と再会したのは、高校を卒業後にプロ加盟してスポンサーとなってくれた会社の会議室で、だった。
同期を紹介するよと社長にのこのこついていった先にいたのは丸藤亮で、まさに絶句とはこのこと、といった感じだったと思う。
どうせ卒業したら彼もプロになってリーグで対決するだろうと思っていたが、まさか対戦前に顔合わせすることとなるとは。
あの時、あまりの衝撃的過ぎて彼と握手したことは覚えているが、何を話したかさっぱり記憶はない。

まあそれから彼とはデュエルリング上以外でも、広告塔の仕事としていろいろ顔を合わせる機会が多かったこともあり、お酒が飲める年になるころには打ち解けた…同僚?友達?ライバル?な関係を築くことができていたのだ。

しかしながらそんな関係性をくずそうとするような言葉を投げかけられたのが、つい先ほどの話。
いつものようにリーグ戦の打ち上げ兼反省会で酒を煽っていたのだが、何やら丸藤の酒のペースがいつもより遅くて。
何か事情があるのかと少しだけ心配に思ったが、どうせ彼は自分で話す決断をしない限り話してはくれない性格だしな、とこちらから顔を突っ込むのはやめていた。
いい時間になったのでそろそろ解散の雰囲気が漂ってきたときに、彼はぽつりとつぶやいたのだ。
好きなんだ、俺たち付き合ってみないか、と。
口に含んでいたワインを吹き出しそうになるのを必死にこらえて、一度右から左に流れたその言葉をもう一度左から右に流し戻す。
付き合ってみないか、と確かに言ったのだ。
それから私は一息ついて、私たちそういう雰囲気一切なかったでしょ、と返事をした。
そう、私たちは恋愛的な空気が流れたことは一度もない。私の感じた限りでは。
そもそも、親しくなってからずっと、丸藤がそういう態度をとっていたのだ。
明確に言葉にされたわけではないが、なんとなく線を引かれているように感じていて…彼は私とは恋愛的な関係になるつもりがないと、そういわれているように感じていた。きっとそんな状態で私から恋愛感情を向けられるようなことがあっては、彼が困るだろうと思って、彼を恋愛対象から除外して生きてきた。

そう思って彼との関係を維持してきたものだから、一体全体なんだっていうのだ、というのが正直な心情である。
今日の丸藤の態度からして、決心をして告げてくれたのだと思うが、いかんせん彼に恋愛感情はないのだ。
あからさまに断るよりはいい感じに、冗談みたいに流れてくれれば、そう思って返事をした。
そろそろお会計をと思って席を立とうとしたとき、彼に腕をつかまれて、それから冒頭に話は戻る。

彼が考えてみてくれないか、というものだから、この告白を冗談で流す選択肢はほぼつぶされてしまった。
ワイングラスから視線を彼に戻し、再び深緑の瞳と向かい合う。
彼に追い詰められているこの状況が、デュエルリングの上を彷彿とさせられる。


「丸藤は、私とそういう関係になりたくないようにふるまっていると思ってたよ。
 だから私、丸藤のこと恋愛対象としてみたことないの」
「…そうだな、そうふるまってきた。だが…」


彼がつかんだ腕から彼の熱が伝わってくる。言葉にしなくても、飲み込んだ言葉の続きを何て言いたいのか大体察してしまう。これでもいい大人だからね。
だが、いつしか好きになってしまった?どうせそんなところだろう。それからきっと、これからは恋愛対象とみてほしい、なーんて思考を巡らせていたら、その通りのセリフを丸藤は綴ったのだ。

これからは恋愛対象としてみてほしい、ばかげたことをいうものだ。
彼は私を好きだといったけど、私は彼を好きではない、友人としてふるまってきたのだ。
彼を恋愛対象としてみていない、そんな私を好きになったのだ。じゃあ、私が丸藤を恋愛対象として見始めたら?そういう風にふるまい始めたら?
果たしてそれは彼が好きになった私なのだろうか。そうなったら、彼が好きになった私は、どこにもいなくなってしまうのに。
まったくばかげたことをいうものだ。


「丸藤、ありがとう。もし、丸藤の言葉通り、これから私が丸藤を好きになったとしても、それは丸藤が好きになった私ではないよ。
だから君の恋は成り立たない、ごめんね」


深緑の瞳がまたゆらゆら揺れる。ああきれいだな、やっぱり熱帯魚みたいだ、なんて。
こういうのなんて言うんだっけ、矛盾?ジレンマ?

恋愛パラドックス


20220514 お久しぶりです。
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