カイザー#嗚呼愛しき殺人者よ | ナノ
あんなに愛していたはずなのに、もうこれ以上本気で戦う気になれないと思うようになったのは、紛れもなくカイザーのせいであったのだ。
それでもいいやと、進路希望表に一般大学の名前を記入したあの日を、私はよく覚えている。デュエリストとしての私が死んだ日なのだから。


嗚呼愛しき殺人者よ、


アカデミアに通い出して2年半、3年生の夏頃だった。みんなが卒業後の進路について具体的に話し合うようになってきたのは。デュエルアカデミア卒業後の進路は一般的にプロデュエリストになるか、デュエルモンスターズに関連した企業に就職するか、研究としてデュエルモンスターズに関わるか、それらのどれかが当たり前だった。というか、そう言った進路に強いことがデュエルアカデミアの強みでもあった。

先生から配られた進路希望調査表と私はただひたすらにらめっこをしていた。その姿を目撃した友人に、何を迷うことがあるの?と覗き込まれた。貴方ならプロデュエリスト一本に決まっているでしょう、と。他人からそう評価されているように、私のデュエリストとしての実力は申し分なかった。学年で2位の実力を誇っていたのだから。

机に頬杖をつきながら、自分の三つ前の席を見つめる。白い制服に身を包むその男は、私が一度も勝てたことがない、アカデミアの誇るカイザーであった。
私の視線に気がついたのか、彼は不意に振り返り、視線がぶつかり合う。そらすことも、手を振ることも、お辞儀をすることもせず、彼はじっとこちらを見つめながら何を考えているのだろうと、ぼんやり思った。

ある日の業後、教室に残って相変わらず進路希望調査票とにらめっこしていた時だった。私しかいない教室に侵入者が現れた。ガラガラとドアを開ける音を響かせた侵入者はカイザーだった。私を目にしたカイザーは少しだけ驚いたように目を見開き、それから、まだ残っていたのか、と私に声をかけた。私は、ええ、まあね、と素っ気なく返した。

「…まだ進路希望表提出していなかったのか」
「決まってはいるのだけれど、文字にする覚悟がなくてね」

無記入の紙をピラピラと振ってみせる。カイザーでさえ疑いをもたなかったのだろう、自分に引けをとらない私は、自分と同じくプロデュエリストの道に進むに違いないと。だって、そのあと彼は言ったのだから。

「プロの世界でも戦えることを楽しみにしている」

そう言った彼の顔を見て、私は決心を決めたのだ。へらりと笑って私は席を立つ。ありがとう、カイザーにそう言い残し、私は職員室へと走った。私は彼のおかげでデュエリストとしての自分を殺す決心ができたのだ。先生にペンを借りて希望表に一般大学の名前を記入する。

さよなら、デュエルを愛した日々たちよ。さよなら、憧れて止まなかったカイザーを羨んだ日々たちよ。私にとってのこの3年間は、どれだけ努力しても勝てないカイザーに、じわじわと殺されていくだけの日々であった。デュエルへの愛を。せめてトドメは、自分で刺したかったのだ。



一般教養にも特に問題はなかったものだから、進路希望調査票に記入した大学に希望通りに進学して、平凡な日常を送っていた。デュエルの世界と離れてから2年ほど経っていただろうか。毎月買いあさっていたデュエルマガジンも今はファッション雑誌くらいしか買っていないし、あの頃は飽きるほど見ていたプロリーグの中継も、今やテレビすら見ていない。とうに一般人に逆戻りしたのだ。

午前中で講義が終わり、一人お気に入りのカフェでくつろいでいる時だった。
私の席のすぐそばのガラスをコンコンと叩く音がし、視線をそちらに向けた時、心臓が口から飛び出るかと思った。カイザーが、そこに居たのだ。
カイザーは私と視線が噛み合ったことに小さく微笑み、それから私の向かい席を指差した。おそらくそちらに行くといったような意図だろう、と思っていると彼は案の定カフェに足を踏み入れこちらに近づいてきた。それから私の前の席に腰掛け、久しぶりだな、と言ったのだ。卒業式以来に見た彼は、幾分か大人らしくなって居た。あの頃と異なり、黒のジャケットを身に纏っていたからかもしれない。

「久しぶり」
「変わらないな。見かけてすぐわかった」
「…貴方は少し変わったわね。プロの世界は楽しい?」

私の言葉にカイザーは目を少し見開き、それから、テレビ観ていないのか、と小さく言った。

「テレビ?ここ最近見ていない。それにデュエルマガジンも最後に買ったのはアカデミア時代なの」
「…そうか。一つ聞きたい。君がプロの世界を目指さなかったのは、自分の実力を現実的に考えたからなのか?」

先程彼が頼んだコーヒーが運ばれてきて、私と彼の間に湯気が立ち昇る。ゆらゆら揺れるそれを見て、ああ懐かしいと感じた。あの頃に戻ったような感覚だ。私をじわじわと絞め殺していくあの感覚が、戻ってくる。息を一つ飲み込み、私はカイザーに笑顔を向けた。

「いいえ。愛しいデュエルへの思いを、貴方に殺されるくらいなら、自分で殺してしまえと思っただけ。ただ、それだけのこと」


嗚呼愛しき殺人者よ、


思いを寄せていた女性から告げられた言葉は、拒絶以外なにものでもなかった。思えば学生時代から俺は彼女に疎まれていたのだと気がついたのは、卒業後2年経って偶然カフェで見かけた彼女に問いかけた、今この瞬間であったのだ。
それからのことはよく覚えていない。気がついたら外の景色は夕焼けで、注文したホットコーヒーからはもう湯気が出ていなかった。そして目の前の彼女は当たり前に居なかった。

彼女の言葉から考えるに、俺という人間に対して劣等感を抱いて居たのだろう。己は思いを寄せており、一方彼女は俺を疎んでいたとは、馬鹿げた話だ。
テレビもデュエルマガジンも見ていない彼女は知らないのだろう。俺がエドフェニックスとのデュエルで大敗してから落ちぶれていったことも、リスペクトデュエルを捨て信念を捻じ曲げてデュエルの道を歩んでいることを。

君を追い詰めた丸藤亮はもう死んだのだと知ったのならば、彼女は嘲笑うだろうか、それとも。

20190506
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