カイザー#青白い顔 | ナノ
死にそうな男だ。初めに彼を見たときに思った感想がそれだ。

透き通るように白い肌。血色のかけらも見えなくてどこか不気味で。鋭い切れ長な瞳はいったい何を映しているのかつかめない。
良い言い方をすればミステリアス、悪く言えば疫病神の様な見た目をした男だ。まあ疫病神をこの目で見たことがないから実際こんな感じではないかもしれないけれど。顔はまあ整っている方だけれど、背負っている雰囲気とかを総合したら、私的には近寄りがたい人物だ。

実際同じ職場で毎日顔を合わせているにもかかわらず、今日まで事務連絡以外で口をきいたこともないし、彼のこともよく知らないのだ。ただ、彼が仕事ができる有能な人物ということ以外は。
きっとこれから先、彼と関わることもないだろうし、これ以上距離を詰めるような相手ではないのだろう。今日も彼は私の斜め前の席で静かに仕事をこなしてゆく。

金曜日の昼休み、お気に入りのイタリアンで特製カルボナーラのフィットチーネパスタをフォークでくるくると絡めていた。うまくまとまったところで口へと放り込み、それから咀嚼する。やっぱりここのパスタは美味しい。緊急事態で昼休みを中断せざるを得なかった、友人がつい先ほどまで座っていた向かいの席を、残念そうに眺めた。そこにはまだ一口も手が付けられていないボンゴレビアンコがポツリと置かれている。それから彼女の去り際の言葉を思い出した。戻って来れないと思うから食べちゃっていいよ、と。そしてご丁寧に彼女の分のお金まで置いて。さすがにそのお金でお勘定はできないけれど、出来上がってしまったボンゴレビアンコは私が美味しくいただくことにしよう。

自らのカルボナーラを食べ終わってから、ボンゴレビアンコの皿と食べ終わったカルボナーラの皿を入れ替える。あっさり系のパスタとカルボナーラと迷っていたから両方味わえてよかったな、と思いながらパスタをフォークに巻きつけてゆく。さっそく一口目を口に運ぼうとしたところ、どこかで聞いたことがある声に名前を呼ばれた。ん?と思いながら呼ばれた方を見上げると。


「相席しても」


彼が、いた。パスタを入れるためにあけたままだった口を急いでカパっと閉じて、それから反射的に首を縦に振って肯定を示す。
口を開けたまま見上げた私の姿はさぞ間抜けだっただろう。羞恥と突然のことに困惑しながら俯いていると、彼は静かに私の前の席に腰を下ろす。それから店員を呼び、あらかじめ決まっていたのかメニューを開くことなくオーダーをしていた。そんな彼を見ているとみられていることに気が付いたのか、彼は私の方へ視線を映し、それからお構いなく食べてくださいと私のボンゴレビアンコを指した。ああ、はい、なんて返事をしながら私は周りの状況を見てひとつ疑問が浮かんだ。空いている席がポツポツ見当たるのに、なぜ私と相席?相席を尋ねられた時は驚きで反射的に何も考えずオーケーしてしまったが、不可解なことだ。

私と彼は同僚という関係でしかない、知り合いだとしてもそれは正に文字通り「知っている相手」に該当するくらいだ。なぜ、と考えていると彼の突き刺さるような視線に気が付いた。私がパスタに手を付けようとしないことを不思議に思っているのだろうか。妙に急かされているように感じてボンゴレを巻きつけたままだったフォークを口に運んだ。
ああ、やっぱり美味しい。一人前のカルボナーラを食べた後でも全然胃袋に吸い込まれてゆく。それは私の胃の許容量が大きいからか、このパスタの美味しさからか。はっとしたように視線を上げれば、じ、と彼が静かに私を見つめていた。鋭い、いつも何を映しているかわからない彼の瞳が、今確実に私をはっきり映している。その事実に胸が高鳴った。歓喜か驚きか、はたまた。


「美味しそうに食べるんだな」


そう言って彼は口元を緩ませた。初めて見た彼のそんな表情。というか今までろくに話したことがなかった彼が、こんなに近くにいると改めて実感する。何でこんなことになったのやら。彼から視線を外さずに、そういえば、と思い出した。彼の顔色がほんのり色づいていて、いつもの死人のような血色のなさは影もない。不思議に思って思わず彼の頬に手を伸ばしてしまった。突然の私の行動に一瞬だけ驚きを示す彼だが、そのあとすぐに表情は戻る。はっと我に返り、焦りが頭を満たし始めたところで私は手を引っ込めた。


「俺の頬に何か」


まるで責め立てられているように感じた。彼の発する言葉はどこか重みがあって、私に圧し掛かる。もしかしたら私が彼に苦手意識を持っているからかもしれない。


「丸藤さん、いつも、顔色が悪いのに、今日は血色がいいな、と思って」


戸惑いながらつぶやくように、思ったことを述べた。私の言葉に彼はいったいなんと思うのだろうか。仲良くもない相手からいきなり頬を触られて、こんなことを言われて気分がいいはずがない、むしろ不快感すら感じているかもしれない。そろりと彼の顔色を窺うとら彼はやっぱり私をまっすぐ映した瞳で、「それは君といるからかもな」とさらりと言った。

言葉の意味をすぐには呑み込めなくて、何度も何度も咀嚼して理解しようとするが、言葉はするりと喉元を通ってはくれない。なぜだかわからないけれど、体が上気して、顔に熱が集まってくるかのよう。それから彼は、私が先ほどしたように私の頬に手を伸ばす。


「俺と同じ、だな」


店員が彼の注文したパスタを運んできた。彼は私の頬から指先を離し、それからずいぶんと前に私が食べ終えたカルボナーラの皿を取り上げて店員に渡す。私はその動作をぼんやりと眺めていた。

彼が一口目のパスタを咀嚼し飲み込むところを見送ったころ、私はようやく彼の言葉の意図を飲み込むことができたのだった。


20190104
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