十代#逃避 | ナノ
けたたましく鳴り響く着信音に、私は眠りに入っていた脳味噌を無理やり叩き起し、音の元凶へと指先を伸ばした。寝ぼけ眼で光と音を放つケータイを見つめれば、目に入った名前と時間にため息が思わず飛び出した。こんな真夜中になんでこいつから電話が。出るか出ないか、でも出ないと後々面倒になりそうだと判断したので、出ようとしたその瞬間、着信音がぶつりと途切れケータイの画面は待受に切り替わった。この野郎、なんてタイミングの悪いやつだ。もうこれ以上睡眠を邪魔されてたまるもんかと思った私は電源を切った後、ケータイを放り投げた。ガンと痛々しい音が響いたのも気にせず、再び眠りにつくことにした。


夜中の電話のせいか、随分と懐かしい夢を見た。デュエルアカデミアに在籍していた頃の夢。友人達とデュエルに明け暮れ、楽しくて楽しくて仕方なかった青春の日々だ。あの頃はこんな仕事に追われる日々を過ごすことになろうとは微塵も考えていなかっただろうな。あの頃の私はプロリーグデュエリストに憧れてやまなかった。あんな大舞台で強者に挑戦することができ、尚且つそれで大金を稼ぐことができる、そして皆から讃えられる、最高の職業だと信じて疑わなかった。しかしながら、私の現在はまったくデュエルとは関係ない、食品メーカーのただのOL。趣味の範囲で昔の仲間達とデュエルを楽しんだりはするものの、それを職業にするには至らなかった。自分で言うのもなんだけれど、プロになれる実力は備えていたと思うし、メディアに顔見せできないようなルックスであるわけでもなかった。それでもデュエリストの道を選ばなかったのは、プロのデュエリストが私が信じて疑わなかったものとかけ離れていたからでもない。ただ、気付いてしまったのだ。いや、気付かされてしまったと言うのが正しい。この私の目の前にいる男に。

十代はへらりとしながら昨夜の非常識な電話を詫びてきた。見るからに少しも反省してる模様はない。

「あのあと何回もかけ直したんだぜ」

その言葉を聞いて、昨夜ケータイの電源を切っておいたのは正解だったと心底思った。

「で、朝っぱらから呼び出しておいて何の用?」
「別に用はないさ。ただ顔を見たくなっただけ」

涼しい顔してこんなセリフを吐くようになるなんて、アカデミア時代の彼からは想像もつかなかったな。
彼は私とは違ってプロリーグの道へと進んだ。一般の大学へ進学すると告げた時、先生よりも友人よりも、誰よりも驚いていたのは彼だった。そして、一番強く説得してきたのも、彼だった。自分もプロへと進むから、共に頑張ろうと言った彼の顔は悲痛に歪んでいて、今にも泣き出しそうだったのを覚えている。しかしながら私はそれを振り切った。悪く言えば彼を切り捨てたのだ。
あの日は燃えるような夕日が私たちを強く照らしていた。
十代は、私を真っ直ぐ見つめて言ったのだ。私のことを好きだと。私も十代が好きだった。彼は薄々それを感づいていたのかもしれない、だからこのタイミングで告げたのは、これで引き止められるんじゃないかって思ってのことかもしれない。私にとってはそんなのどちらでも良かった。彼への答えはノーしかないと、前々から決断していたのだから。

私も好きだ、けど、付き合えない。
そう言った私に、彼は何も言わずに悲しげに微笑んだ。責めてもいいのに、何も言わなかったのだ。
私は十代が好きだった。本当に本当に大好きだった。だからこそ、付き合うなんて出来なかった。付き合ってしまったら、いつかは嫌いになってしまうだろうから。ずっとずっと、好きでいたい。貴方のことを嫌いになりたくない。本当に好きで、大切だからこそ。

そう、彼が教えてくれたのだ。気付かせてくれたのだ。好きと言う気持ちを、ずっと好きでいる方法を。
私はデュエルが大好きだった。プロリーグのデュエリストになりたかった。けど、知ってしまったから。好きなものを好きでい続けるための方法を。デュエルを好きでい続けるために、いつか嫌いになってしまわないために、プロの道を選択しなかっただなんて、彼は今も知らない。言ってしまったなら、彼は怒るだろうか。いや、きっと悲しい顔をするに違いない。

「…彼氏は、出来たか?」
「出来てないよ。これから作るつもりもないし」

外していた視線をチラリと彼に向けるとほんの少しの安堵を浮かべる彼が見えた。あれから何年も経っているのに、彼はまだ私のことを思っていてくれているようで。いい加減、他に素敵な人を見つければいいのに、なんて思った。しかしながら同様に彼を思い続ける私にも言えたことだった。

不意に十代は私の手を取って、1枚のチケットを握らせた。今季の世界大会にエントリーしてるんだ、そう言った彼の言葉は弱々しかった。それから、来てくれとも言わずに彼は困ったような笑みだけを残して行ってしまった。





テレビの中の十代は、とても悔しそうに、けれどもなんとか必死に笑顔を繕っていた。初戦敗退、右上のテロップが毒々しい色合いで主張していた。

「諦めません。何度でも挑戦します。デュエルを愛していますから」

インタビュアに向かって彼は強く言い放った。ああ、私も彼のように勇気と強さを持っていたのなら、この道を共に歩んでいけたのかもしれない。所詮私は弱虫で、逃げ出しただけに過ぎなかったのだ。使うことの出来なかった、彼から渡されたチケットがひらりと足元に落ちてきて、チケットに描かれたモンスターたちが、私を嘲笑っているかのように見えた。


20181129
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