カイザー#跪く様 | ナノ
あべし。

昼休みにわいわいと賑わう二階廊下にて、そんな不思議な悲鳴が響き渡った。それを耳にできたものは誰しもが声の発生源の方へと振り向いたのは仕方のないことだった。

己のことながら、なんという乙女らしからぬ悲鳴が飛び出して行ったことであろうか。もう少し可愛らしい声が出たものならば、周りから注がれる視線がこんな珍獣を見るようなものではなく、廊下でつまづいた不運な乙女を心配する視線であっただろうに。冷たい廊下に平伏す今この姿だけなら、心配に値する光景なのだろうな。残念ながら廊下に微かに聞こえるのは笑い声だけであった。無論その対象が私であることは言うまでもない。羞恥で顔を赤らめることすら忘れ、恥ずべきこの現状からどうにか脱出せねばと足元に力を込めて立ち上がる。ゆらりと立ち上がったのちに廊下の遙先を見据えると、つまづいた際に吹っ飛んだ私の右足のスリッパが確認できた。よくまあこんなに飛んだものだ。呆れ返りながらもそれを回収すべく、未だ微かな笑いが聞こえるこの廊下を随分と歩かねばならなかった。自分で作った状況とはいえなんという羞恥プレイ。明日から影でなんと呼ばれるか考えるだけでも恐ろしい。背中を指差し、あべしの悲鳴の子だなんて言われるのだろうか、嗚呼、恐ろしい。

片足だけスリッパを履いて歩くのはなんとも不思議な感覚だ。スリッパがない分だけ左右の高さに差があり随分不恰好な歩き方をしている気がする。まあスリッパが揃っていたところで格好の良い歩き方ができているかどうかは疑問だが。

目標物から目を離さないでいると、不意にそれを拾い上げる人物がいた。それはなんとクラスメイトの丸藤くんだった。彼にもあの間抜けな悲鳴を聞かれただろうか、そうだとしたら鉄仮面の彼も笑ったりするのだろうか。そんなふざけたことを考えながら私の右のスリッパを手にする丸藤くんの元へと辿り着く。

「丸藤くん。拾ってくれてありがとう。」

当たり障りのないお礼を告げ、右手を出してスリッパの返却を促すが、どうにも彼はそれに応える気はなさそうだった。だって、彼は私の差し出した右手に目をくれることなく突然しゃがみこんだのだから。予想外すぎる彼の行動に疑問符を頭いっぱいに浮かべていると、次の瞬間唐突に右足首を掴まれ床から引き離される。状況を理解する前に体はバランスを取ろうと自分の意思に関係なく傾いた。人間ってよくできてるななんて思った。それからなんと丸藤くんは浮かせた私の右足に、先ほど拾っていた私のスリッパを履かせた。まるでそれが当たり前かのようにするものだから、状況の理解に時間がかかってしまった。きっとその瞬間、私の脳内は麻痺していたのだろう。それから、スリッパを履かせた私の右足を地面に下ろし、彼が体を起こすまでに数秒。私を見下ろす彼の瞳と視線が勝ち合わさった瞬間、忘れ去っていた羞恥が、まるで火山が噴火するかのごとく熱となって私の顔に湧き上がった。

変な悲鳴をあげるより、こっちの方が恥ずかしいじゃないかと気づいた瞬間だ。

20180509
--------------
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -