十代#カイザーと会話するだけ | ナノ
うんうんと唸りながら狙いを定めている最中だった。強く押し殺したつもりでも漏れ出た笑い声が背後から聞こえてきたせいで、何者かに己を馬鹿にされているのだと瞬時に理解した。
俺の必死さを嘲笑うかのようなその笑い声の主に、怒りを込めて振り返ったが、その先にいたのは予想外の人物であった。

さっきのお前は眼力で射殺さんばかりの迫力だったよ、そう言いながら俺の隣にいるカイザーは高らかに笑っていた。そう、この男こそがドローパン売り場で必死に唸っていた俺を嘲笑っていた張本人だった。あの時俺は何としても黄金の卵パンを引き当てたくて、珍しく直感ではなく狙いを定めてドローパンを引こうと意気込んでいたのだ。その姿をこの男、カイザーに後ろから見られていたらしく、滅多に見ない俺の真面目な姿に思わず笑ってしまったらしい。随分失礼なことだと思わないか、俺だって真剣になる時くらいあるっての。しかもおまけにカイザーは俺を笑っておきながら、俺の欲しかった黄金の卵パンを簡単に引き当ててかっさらっていったんだ。笑われた挙句、欲しかったものまで取られたなんて、酷い話だ。カイザーの一口一口を恨めしそうに睨んでいると、彼は困ったように笑った。それから自分のパンを引きちぎり、なんとまあ俺の方へと差し出してきたのだ。確かに黄金の卵パンが食べたくて仕方なくて、カイザーを恨めしそうに睨んではいたが、いざ目の前に己の願望通りに卵パンを差し出されても喜んで受け取ることなど出来やしなかった。自分で願った状況なのに、これではないと当惑したのだ。

「そういうつもりで睨んだんじゃないんだ」
「…どういうつもりで睨んでいたのか聞きたいものだな」

差し出されたものから視線を逸らして、代わりに自分が引き当てたドローパン(ステーキパンだった)に噛み付いた。ここでの問題は、俺が卵パンを引けなかったことではなかったことに気がついた。俺が願っても祈っても出来ないことを、いとも簡単に目の前でやり遂げてしまう、この男のそんなところが、胸の奥底のどこかに突っかかっている、そんな気持ちだ。だからこそ、ここで差し出された卵パンを受け取ろうとも、なにも解決はしないのだ。

「…あんたが気にするような事じゃないさ。
そんなことより、数少ない食べられる具材なんだろ?俺なんかのご機嫌取りに使うなんて勿体ないぜ」
「それもそうだな」
「昔から…、そうなのか?」
「好みの話か?
いや、昔はもっと色んなものを食べられたさ」
「…へえ。」

「変わらないものなんて、何も無いのだから」

ステーキパンをもぐもぐと咀嚼して、ごくりと飲み込む。その言葉を言ったカイザーはどこか遠くを見つめていたように思えた。
カイザーと並んでドローパンを食べたのは、これが最初で最後だった。



荒々しいノックが部屋に響き渡った。せっかく気持ちよく寝ていたのに一体何なんだと目を擦りながら体を起こしたら、布団に腕を取られて床にすっ転んでしまった。いてえ。ドタンという大きな衝撃でレッド寮が揺れたのは気のせいではないかもれない。じんじんと響く痛みに呻きを上げていると、いつの間にか部屋に侵入したらしい翔が真っ青な顔をして俺を見下ろしていた。来てくださいっす!叫びにも等しい声を上げながら、翔は寝巻きの俺を引っ張り出した。状況が飲み込めないまま連れてこられたのはテレビの前だった。そのテレビではまさしく今デュエルが行われていて、そこに立っていたのはこのアカデミアを卒業しプロデュエリストになったカイザーであった。ここでみんなとカイザーの試合を何度も観戦したことがあり、今日もカイザーの試合という点ではその時と何ら変わりはなかった。ただ、今モニターのあちら側にいる彼が、俺達のよく知っている彼と異なっていた点を除けば。
あちら側のカイザーはリスペクトデュエルなんて欠片もしちゃいなかった。寧ろ相手を踏み躙ってるとも同等の戦い方だ。共に過ごしてきたカイザーからは想像もできない変わり果て様だった。彼が新たに身に纏う黒い衣装と同じように、彼の心も黒く塗り潰されてしまったのだろうか。叩き潰すようなデュエルを終えて声高らかに笑う姿を見て、ふとあの時のカイザーが思い出された。変わらないものは何も無いさとどこかに遠くを見ていたあの時の彼を。どうしてだろうか、今の姿とその時の姿が、重なるわけでもないのに、思い出したのだ。

「何も変わらないものは、ない」

不意に口から出たその言葉は、まるで己に言い聞かせるかのようだった。




卒業式の前日に、海に呼び出しなんて告白かよと呆れたため息が出た。呼び出された相手によっては喜んだものだが、残念ながらお相手はカイザーだったものだからため息以外何物でもない。


「ほら、俺の言った通りだっただろう?」

そう言ってカイザーはしたり顔でこちらを覗き込んだ。確かにあんたの言った通りだったよ。昔の俺は想像すらしなかっただろう、こんな悪戯っ子のように笑う一面がカイザーにあったなんて。あんたも変わったし、俺も変わらざるを得なかった。

「俺さ、あんたが羨ましかった。
俺が出来ないことを平然とやってのけて。それで、憧れだった。
けどさ、あんたも完璧じゃないっていうのを知って、嬉しかった」
「俺も嬉しいさ。昔の十代だったらそんな醜い感情わざわざ言葉になんてしなかっただろうから。」

目一杯の皮肉が込められたその言葉に俺は嘲笑が零れた。きっと今の俺だったらあの時差し出された卵パンを、彼の偏食を欠片も気にすることなく、遠慮とは程遠い動作で受け取っただろうな。ああ、やだやだ、あんたに教えられなければ俺はこうなってはいなかったかもしれない。変わらないものは何も無いと知らなければ、あのままの俺でいられたのかもしれない。仰ぐように空を見上げれば雲一つない晴天が俺を見下ろしていた。それから隣から、いつか聞いたような押し殺したような笑い声が聞こえてきた。もちろんこの場に居るのは俺とカイザーの2人なわけで、必然的に笑い声の主は絞られる。

「それはないな」

まるでつい先程俺が考えていたことに対しての答えかのようだった。それからカイザーはニヤリと笑って言った。変わらないものなんて、無いのだから、と。
「その黒い笑い方、どこで習ったんだよ、知りたいもんだな」そう問いかけてやろうかと一瞬だけ考えた。そんなこと言ってしまえば、「その口の聞き方どこで習ったのか、教えて欲しいものだ」なーんて言い返される様子が脳裏に思い浮かんで馬鹿らしくなった。

20170514
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