カイザー#独占欲 | ナノ
人間予期せぬ事態に巻き込まれると、呆然とすることしかできないものである。現時点私は今己の置かれている状況が全くもって理解不能であり、冷たいコンクリートの上に体を横たわらせ、右頬の激痛の原因である人物をただただ見上げていた。その時間は数秒ほどの短い時間であっただろうが、私にとってはずいぶん長く感じられた。じんじんと熱を帯びていく頬に、早まる鼓動、それから引きつった喉を呼吸が行き来する音。どれもが耳元で鳴り響いているように感じた。そして私が状況を理解するよりも早く、目の前の男が動いた。殴り飛ばされるつい先ほどまでに握りしめていた私のケータイが無残に地面に転がっていて、つい先程まで山下くんとやり取りしていた画面にヒビが入っているのが見て取れたのもつかの間、修理代について思案する暇もなく男の黒い靴によってそれはもう見るも無残に踏み潰されたのだ。修理代の代わりに買い替えの心配をせねばならなかった。それから男はぐしゃぐしゃになった基盤の塊を軽々しく蹴り飛ばして、山下くんとのやりとりの行方は私の視界から消えて行った。

それから彼は私に言った。

「俺を裏切るのか?」

ゆらゆらと揺れる男の瞳を見て、彼は本気なのだと思い知らされた。混乱が治まりつつはあるが、冷静になったことで今の自分の状況への恐怖が足元から這いずり上がってくる気分だ。私は引き攣りそうになる喉で必死に言葉を紡いだ。

「もう、連絡は取れません。携帯は壊れましたから」

喉元がそうであるがために、声は震えていた。私の答えに彼はどうやら満足したらしく、射殺すが如く見下ろしていた視線が和らいだ気がした。重力のようにのしかかっていた圧力もそれに伴い引いた気がして、私は水面から久々に顔をだしたきんぎょのように酸素を求めて大きく息を吸い込んだ。緊張感から解放されて気が緩んだのか、反射的に滲み出た涙がこぼれ落ちていく。それを見た彼は私の元へ屈み込み、手加減なしで顎を掴まれ、そしてぬるりとした舌で舐めとった。背筋が粟立つほどに気色が悪い。舌が離れて彼が至近距離で私をじいと見つめてくる。言葉はなくとも、次はないぞ、と皇帝の瞳が語っていた。

20170221
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