万丈目#それだけで | ナノ
万丈目準は海風を感じながら遥か彼方の水平線を眺めていた。流石に海辺ともあって風が強い。手元の煙草の紫煙がびゅうびゅうと流されていく。徐々に短くなっていく煙草を気にすることもなく、彼はただひたすら彼方を見つめていた。私はそんな彼を遠くから見つめていた。

私にとって彼は恋人であった。だけれども、彼にとって私が恋人という立ち位置にいたかどうかはわからない。付き合うって言ったって、思いが通じ合っているか否かなんて、関係ないこともあるじゃない。私たちはそんな関係だったってことだ。彼に出会うまで、そんな不毛な関係絶対にありえないと鼻で笑っていたというのに、彼は私の価値観をひっくり返したのだ。たとえ振り向いてもらえなくともいい、私のことを好きでなくともいい、側にいたい。彼は私にそう思わせるような人間だったのだ。彼に思いを伝えた時、それはもうこっ酷く振られたものだ。私の思いをぐちゃぐちゃに踏みにじられようとも、それでも構いはしなかった。そんな反応しかされなかったというのに、なぜ恋人という関係になることができたかというと、…それは謎だ。今となってもわからない。ただ、準の気が向いたからなのかもしれない。そう、それでも良かった。


準のためなら死ねるわ、そんな馬鹿げた言葉を彼に押し付けたこともあった。彼は眉根にこれでもかと皺を寄せて、気色の悪いものを見るかのような視線で私を貫いた。最高の愛の告白をしているのに、彼の反応は相変わらずであった。その言葉を紡いだ時は、まさにそう死のうと心に決めていた。だけれども現実は非情で、私は彼のためには死ねなかった。だれのためにも死ねなかった。ただ、私の死という結果がそこに無情に残されただけだった。

一際強い風が吹いて、準の黒いコートを揺らした。私の服は、髪は、風に揺らされることはない、半透明の身体を風がただ通り過ぎていく。それがあらためて私は死んでいるのだと自覚させられた。両の指先をぼんやり見つめ、それから嘲笑が溢れた。

生きていた頃に友人たちは口を揃えて私に言った。無駄な人生を歩んでいると。そうだったかそうでなかったかは、わからない。彼にとって私が恋人だったかもわからない。だた、彼はこうして一年に一度私に会いに来てくれている。私はただそれだけでいいのだ。言葉もなく私の名が刻まれた石に手を合わせてくれる、それだけで、いいの。

不意に準が振り返った。手元の煙草の灰がはらりと落ちる。私のことは見えていないはず。けれども私はこちらを見る彼に、微笑み返した。そう、いつもしていたように。

20170130
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