遊星#嫌い | ナノ
笑うのは得意だった。昔から得意だったわけではないけれど、幼いながらにある時私は気がついたのだ。笑えば、生きやすくなる、と。笑っていれば、皆優しくしてくれる。笑っていれば、皆笑い返してくれる。その時から笑うのが得意になったのだ。私にとって笑うということは、処世術そのものであった。そう、私を守る、大切な大切な鎧。だからこうしていままで笑ってきた。本当に面白いことにも、呆れるほどにくだらなく吐き気が出るほどつまらないことでも、私は笑ってきたのだ。そんなのが本当に笑っているかどうか、なんて考えるのは、とうの昔に止めたことだ。

笑みで鎧をまとってきた私にとってしてみれば、彼は異質な存在だった。なんてったって彼の代名詞は無表情だったのだから。彼の名は不動遊星と言った。クラスメイトの一人であり、私の一番苦手な人物であった。初めて彼と話した時、あまりの無表情さ加減に絶句した。私の笑みに対しても無反応で、こいつは感情というものを持っているのだろうかと疑問に思ったくらいだ。私の笑みに反応してくれなかったからといっても、別に敵意を向けられたわけではなかったため、そんなことは別に道端に落ちている小石程度にどうでも良いことであった。
問題だったのは、彼の瞳と、彼が予想外に私に接点を持ってくるという点であった。

は初対面を交わした時点で、彼と関わることが自分の生きていく道で特段プラスになることではないと決定付けていたため、必要に迫られない限りは接しなくてもよい人物だと位置付けていた。彼もあまり馴れ合いを好むようなタイプに見えなかったため、このまま大した関係も築くことなくクラスメイトとして終わっていくのだろうと思っていた。のだが。なぜだか彼は度々どうにもタイミング良く私の前に現れた。しかもそのたびに周りにオーディエンスは誰一人おらず、どうにも言葉を交わさねばならない状況であったのだ。笑って相手をやり過ごしてきた私にとっては、笑みに応えてくれない人間とのコミュニケーションは冷や汗が出るほど苦痛なものであった。そして極め付きは彼のその瞳だ。私をまっすぐ見つめるその瞳は、私の笑いの鎧の奥の奥を見ているようで、背筋がぞっとした。もう2度とその感覚を味わいたくなかった私は、彼の瞳を見ること止めた。斜め下をなんとなしに見るように話をしてる自分は、なんだか滑稽に思えた。そうしている間にも、彼の視線は痛いほど突き刺さっていて、早まる心拍数さえ見透かされている気がして恐ろしかった

偶然の彼との二人きりの時間がどうか訪れませんようにと何度も願って学校に来ても、やはり願い通りに現実は運ばないものだ。業後に職員室で先生とくだらない話で盛り上がった後に、すでに皆が帰宅し静かになった中下校しようと下駄箱で靴を履き替えている時だ。右足にローファーを突っ込んだ瞬間、聞きたくない声が私の名を呼んだ。名前を呼ばれてしまってはどうにもならず、私はなんとか必死に笑みを作りながら振り返った。

「…不動くん、まだ帰ってなかったんだね」
少し調べ物をしていたらこんな時間になってしまって。…よかったら一緒に帰らないか?」

の誘いに腹が立った。この状況でその言葉は、もはや提案などではない、強制だ。私は体の向きを反転させ履きかけだったローファーにもう片方の足を通す。下を向いている私に不動くんの視線がまっすぐ突き刺さっているのが感じられた。胸の奥底から逃げ出したいという想いが湧き上がってきた。この状況からも、彼が私に接点を持とうとしてくることからも。問いかけてみれば、なにか変わるだろうかと、思ったんだ。

…不動くんは、なぜ私に執着するの。ずっと思ってた。不動くんと二人きりになる機会多くて、偶然なんかじゃないよなって」

地面のコンクリートを見つめながらつぶやいたその言葉はまるで独り言のようだった。不動くんは少しためらったのち、わざとらしくて悪かった、そう言った。ああ、やっぱり。

初めて話した時、君の笑顔を見て、好きになったんだ

続けて彼が紡いだ言葉は正しく告白そのもので、思わず目を見開いて彼に振り向いた。夕日に照らされているからか上気しているからかはたまたどちらもなのか、彼の頬はじんわりと朱く色づいていて、瞳はやはりまっすぐ私を見つめていた。彼の視線とその言葉は私の胸の真ん中を鋭く貫いた。とても痛いところをぐりぐりと抉られる気分だ。私はじりりと一歩後ずさり、それから恐ろしいものからでも逃げ出すかのように駆け出した。ごめんなさいと言い残してみたものの彼の耳に届いているかは知る由もなかった
私は家への道をただひたすら駆け抜けた。私の笑顔を見て好きになった?その事実がとてもおぞましいものに思ったのだ。あんな、生きる術でしかない、鎧を見て?笑みであるかどうかも怪しいそれが?
素が足りない。ひどい息切れで道端にへたり込んだ。それから、可哀想に、と笑った。私が苦手意識を持っていたなんて思いもよらなかっただろうな。自分を嫌っている人間を好きになるなんて、可哀想に。可哀想
けど、こんな馬鹿みたいな生き方をしている私も、きっと可哀想だ。可哀想なのは、


はははは、甲高い声ののちに息切れが、道端に木霊した。

20161115
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