十代#愛すべき日々たちよ | ナノ
毎週土曜日に来る男の子。それが私の中での彼の初めての呼び名であった。私の家は父と母とそれから私の三人家族で所謂カフェというものを営んでいる。隣がカードショップという立地が良かったのか、事業を始めて以来赤字になったことがないのが両親の自慢であるらしい。私は平日は高校に通いながら、土日はいつも家のお手伝いをしていた。いやアルバイトといったほうが正しいかもしれない。そこそこ業績がいいものだからお駄賃はその辺のアルバイターより多く貰っていたものだから。毎週お店に出ていると、常連さんの顔は自然と覚えていったりするもので、毎週土曜日に来る男の子、その代名詞の彼は私にとってお気に入りのお客さんであった。いつも彼は土曜日の昼過ぎに来て、友達を引き連れてきた時は彼らと、いない時はそこにいた他のお客さんと卓上デュエルを繰り広げていた。隣がカードショップなため、そこから流れてくるお客さんが多く、デュエリストが論議を繰り広げたり卓上デュエルをしたりは日常茶飯事であったし、うちの店としては大歓迎だった。カードを机に広げて悩んだり喜んだりコロコロと表情を変える彼の姿は、見ていてとても面白かった。デュエルの知識がないため、デュエルの内容は全くわからなかったけれども。彼は決まってカフェモカのホイップ乗せを注文していた。他のドリンクを頼んでいるのを私は見たことがなかった。アイスとホットは季節によって変えていたりはしていたけれど、彼はカフェモカがお気に入りだったらしい。

彼の名前を知ったのは、彼が常連だと知ってから、随分時間が経った後だった。いつものように、お姉さんカフェモカホイップ乗せ!と無邪気な笑顔で注文し、暫し他のお客さんとデュエルを存分に楽しんだ後、満足した顔で伝票を持ってレジへとやってきた。今日も楽しそうにデュエルをしていましたね、なんて他愛ない会話をしながらお会計をしようとしていたら、ポケットを慌てたように漁る彼の様子に、思わずどうかされましたかと言葉をかけた。彼は額に冷や汗を浮かべ、財布を忘れてきた、とまるでこの世の終わりかのような顔で告げたのだ。その慌てぶりに思わず笑いそうになってしまったが、彼にとっては緊急事態である、そんな不謹慎な態度は取れない。必死に押し殺した。彼はお得意様だし信頼できる人だと今まで見てきてそう感じたため、一度きりのツケを提案しようとしたのだが、その前に彼はレジ前に学生証を置いて、それから、これ人質だから!財布取りに行ってくる!俺が戻らなかったら遠慮なく学校か警察に通報していいから!と告げて走り去っていった。別にツケでも良いのに、そんな風に思いながら彼の学生証を見つめた。そこには、遊城十代と書かれていた。十代くん、十代くんて言うんだ。中学三年生で、カフェモカ飲んでいたのか。大人な味覚をしているもんだ。その日から毎週土曜日に来る男の子から、十代くん、と私の中での呼び名が変わった。もちろん、その後彼は息を切らしながら店に帰ってきて、無事お会計を済ませましたとも。

ある日十代くんは突然、衝撃なことを告げた。俺、デュエルアカデミアっていう全寮制の高校に行くんだ!と、瞳をキラキラさせながら言ったのだ。話を聞く限り、どうやらデュエルに特化した学園に無事合格し、陸の孤島にある学園なもので、そこの寮に入って毎日デュエル漬けの生活を送るとのことらしい。そのことを聞いて、ああ、もううちの店に来なくなってしまうんだ、と哀しい想いに襲われた。しかしながら彼が憧れの道を歩むことを邪魔する資格など私には欠片もあるはずがなく、笑顔で頑張ってねと見送ることしかできなかった。きっと彼なら元気にやっていける、大丈夫、そう祈りながら。

しかしながら、翌月のある土曜日の昼過ぎに、彼はいつも通りにカフェモカのホイップ乗せを注文していた。思わず学校追い出されたの?なんて言ってしまった。追い出されそうだけど、まだ追い出されてねえよ!と高らかに彼は笑っていた。まあなんと陸の孤島の全寮制と言っても休みの日にはこっちに帰ってこれたりするらしい。毎週帰るのはしんどいけれど、月一くらいでこれからもこっちに帰ってくると十代くんは言っていた。全く会えなくなるものだと思っていたものだから、私にとっては青天の霹靂だった。彼はこっちに帰ってきても、やっぱりお店でデュエルを楽しんでいた。

十代くんはこれからもずっとお店に来るものばかりと思い込んでいたけれど、そんな保証なんてどこにもなくて、ある時を境に姿を見せなくなってしまった。三年生になって学校が忙しいのかな、大丈夫かな、心配はしたけれど、そう言えば私、彼の連絡先とか何も知らなかったことに気が付いた。所詮お店の店員と、常連の一人。相手が足を運んでくれなければ、なんの繋がりもなくなってしまう。私と彼はそんな程度ものだったのだ。ただ、一つ引っかかっているのは、最後にお店に来た時の、十代くんの様子だった。その時彼はただぼんやりとカフェモカを飲んでいた。何か思いつめたような様子で遠くを見つめ、時折何もない空中に目配せをしていたような気がする。それから、いつもしているデュエルを、誰ともしていなかった。足を組んで瞳を伏せ、しなやかな指先でカップを口元に運ぶ姿は、とても優雅だと、私は彼をただ見つめていた。その日を境に彼が現れなくなると知っていたならば、私は間違いなく彼に声をかけたというのに。

十代くん以外にも常連さんは沢山いるのに。新しく通うようになった人もいれば、お店に足を運ばなくなった人も沢山いるはずなのに、何故だか私は十代くんのことが忘れられなかった。高校を卒業し大学に入学し、いよいよお店を継ぐということが現実的に私に伸し掛かってくるようになってからも、十代くんがお店に姿を現わすことはなかった。

相変わらずうちの店ではデュエリストが集い、時たま卓上デュエルが繰り広げられる。効果宣言、攻撃宣言、何度も何度も耳にしてきた言葉が、たまに彼の声で頭の中に再生される。そこにはいない十代くんの。彼は今、どこで何をしているのだろうか。

パソコンで帳簿をつけながら、両親はこんなにも面倒なことをしていたのか、と思わずため息が出た。私が店を継いでからも、おかげさまで相変わらずの黒字続きである。両親が頑張って続けてきたお店だ、これからは私が守り続けねばならない。私が…、いえ、私たちが。モニターと睨めっこをしているとバイトの子が事務所に顔をのぞかせながら、店長!と私を呼んだ。納品業者でも来たのかしらと思いながらお店のフロアに出てみれば、そこには少し大人びた懐かしい人物が笑顔で私を出迎えた。十代くんだった。幾分か背が伸びて、顔付きが凛々しくなっていた。懐かしさで思わず目頭が熱くなった。ずっとずっと、待ち続けていた人が、ここにいたのだから。

「カフェモカ!ホイップ乗せで」

あの頃の光景が鮮明に蘇ってくるようだった。

「本当はもっと早く顔を出そうと思っていたんだけどさ。高校卒業してから外国飛び回ってて、うまく帰ってくるルートがなかったりして結構これが大変だったんだよ」

ふと彼の腰元を見ればそこにはあの頃と同じようにデッキホルダーがあって、今も変わらずデュエルを楽しんでいるんだろうなと思った。すぐにカフェモカ持ってくるわ、そう告げてキッチンに向かおうとしたら、彼に左手を指差されて、それ…、と尋ねられた。きっと左手薬指の指輪のことを言っているのだろう。

「結婚したの」
「そうなのか。…おめでとう」

微笑んでそう言った彼に、ありがとうと微笑み返して止めていた歩みを再び動かした。カフェモカのカップを持って彼の席へと向かったけれど、そこには十代くんの姿はなくて、何故だか飲んでもいないのにカフェモカのお代だけがテーブルに静かに佇んでいた。疑問に首を傾げていると、隣のテーブルの常連さんが教えてくれた。そこの兄ちゃんなら用事を思い出したから帰るって言ってたぜ、と。それならば、飲んでもいないドリンクのお代なんて置いていかなくても良かったのに。今なら彼に追いつくかもしれないとお店を飛び出してみたものの、店前の雑踏に彼の姿を見つけることは出来なかった。


「良かったのかい、十代。好きだったんだろう?」
「…良いんだよ、ユベル。幸せそうにしてたから、それで、良いんだ」


それから十代くんが再びお店に現れることはなかった。

20161203
--------------
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -