カイザー#誰にもわかりはしない | ナノ
行方不明になった青年はーーーー

最近連日メディアで取り立たされているのは近年稀に見る失踪者の増加についてであった。空が夕焼けに染まる頃に放送されているニュースでは多数の話題が取りあげられるものだが、その中の一つはどこかの県で誰かが失踪しただの行方不明だのという話題が必ず入っていた。それから決まって、彼は彼女はとても良い人で何かトラブルがあるようには思えなかったなんて薄っぺらな隣人たちのインタビューが阿呆らしく垂れ流されている。電球が今にも切れそうな行きつけの喫茶店で、私はそんなしょうもないニュースを呆れた顔で眺めていた。隣人ごときがなにを知っているのだと投げかけたい。昔のクラスメイト如きが、なにを。そう、己のことすらよく理解できない人間の癖して他人のことを知ったふりしている様がとても滑稽で、愉快だと思った。しかしながらそれは紛れもなく自分にも当てはまることで。

それにしても本当に愉快である。インタビューに応える隣人たちは、彼は彼女はこうだった、ああだった、…良い子だった、まるでもう戻ってこないような口振りで。心配の欠片すら感じない、悲痛そうに形作られた瞳の奥底は好奇心が燃えている。無様で、愉快だ。ああ、可哀想に。逃げて逃げて逃げて、やっと逃げられたと思っても、彼らはああだったと印象を固定されて、本当に逃げた理由なんて誰にも理解されずに失踪者達は永遠に孤独に沈んでいくに違いない。もしかしたら、それを望んでいる人もいるのかもしれない。

そう、例えば、私の目の前にいる男のように。

男性にしては長く伸ばされた髪に、沼の底のような色をした瞳。彼、丸藤亮もこの御時世話題の失踪人の一人である。彼という存在を知ったのはデュエルアカデミアに入学した時、彼の失踪を知ったのはアカデミアを卒業し就職してから三年後、彼が私の前に突如姿を現したのはそれからまた三年後の、今日である。出会った瞬間から彼は雲の上の人間であった。私がいくら手を伸ばそうとも届くことはなく、いくら背伸びをしようとも相見えることはない存在であった。彼はアカデミアを当たり前かのように一番で卒業し、プロの世界に入っても一番であり続けていた。そんな彼は突如姿を消した。プロの世界から姿を消したなんてものではない、まるで本当に存在がなかったかのように失踪したのだ。世界的に有名人であった彼が姿を消して、メディアはこぞって騒ぎ立てた。彼の幼少の頃の友人から担任から隣人から、ありとあらゆる大なり小なり、まあほぼ小なりだが、関係してきた人物を引っ張り出して彼はああだったこうだったと彼の像を作り上げた。さして仲良くがなかった、それどころか会話をしたことがなかった私のところにすらインタビューの依頼が届いたのだ。それを見た瞬間破り去って燃えるゴミに突っ込んだものだが。

未だに何故彼が失踪したのかはわからない。だって真実を知っている本人はいないのだから。いやいなかったのだから。今現実に彼は私の目の前にいる。湯気を揺らしたホットコーヒーを優雅に口元に運んでいる最中だ。目があって、それから微笑まれた。言葉にしようがない感覚が込み上がってくる、悪く言えば気持ちが悪い、よく言えばむず痒い。しかしながら私にとってはどうだっていいのだ、彼がなにを理由に失踪しようが。一人になりたかったから、とたった一言で片付けられてしまう理由だろうが。私が今どうにも気になって仕方ないのは、ただの同窓であり言葉を交わしたことがない私なんかの目の前に、なぜいるかということだけだ。ただの偶然なのか、それとも仕組まれたものなのか。それを知ったところで何かが変わるわけではないのはわかっている、ただ腑に落ちる理由が欲しいだけなのだ。


「私の前に姿を現したのは何故かと問うたら答えてくれるのでしょうか」
「別に誰が相手でもよかった。隣人だろうが君だろうが、大した差はないだろう?どれだけ親密であれ希薄であれ、俺という人間を知っているかどうかなんて、どちらも知らないに等しいなのだから。しかしながら大した差は無いとはいえ、そこには確かに差があるのだ。
君は、知っている人間だ」
「…知っている人間であると?何を?そして何故あなたは私が知っている人間であると知っているの?貴方と言葉を交わしたのは今日が初めてだというのに」

「知っているだろう。他人のことを、己のことを知らない人間であると」


彼は言った。この失踪していた間、メディアでは忙しく自分の話題が取り上げられ、その度に希薄で滑稽なインタビューが繰り返されているのを見ていた、と。その度に俺は楽しかった、誰も俺のことはわかりはしない、それが愉快だった、と。そんな中ふと思い出したのは私の瞳だ、と彼は笑った。


「アカデミアの頃、知りもしないくせにと言ったように嘲る顔を、一度だけ見たことがある。俺にとっては忘れられない光景だった。その光景を思い出して、君に会いたくなった。会って何かあるとかそういうわけでは無いけれど、会いたくなった。」


君を探し出すのは簡単だった。なんて言ったって、俺の記憶に無いくらいの接点の人間を多く探し出せてしまうくらいの御時世だ、彼は大げさに呆れたように両手を振り、それから瞳を閉じた。きっとここは彼なりのジョーク、笑わなければ。ああ、そうね、渇いた笑いが口から零れていった。きっとこれから先も彼のことを知らないくせして知ったように語る人が多く出てくるのであろう。彼はそんな世界を嘲笑いながら現実を逃げていくのだろう。私にはそれが彼にとって何が得で、何が目的なのかはわからないし、わかりたくもないけれど、何故だかきっともう2度と会うことはないのだろうということだけはわかっていた。

不意に彼は小銭を置いて立ち上がる。私は何も言葉を言わず、目線で彼を追った。また会う日まで、心にもない言葉を残して彼は去っていった。半分だけ残された彼のホットコーヒーの水面を朧げに見つめる。喫茶店内のテレビは引き続き青年の行方不明の話題を上げていた。

彼はとても賢くて、優しい子でしたーーーー

20161112
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