遊星#行かないで | ナノ
海の見えるレストランだなんて洒落た所に連れて行ってくれるものだ。夜風を吸い込みながら、となりの彼に微笑んだ。
つい先日のことだった、彼に食事に誘われたのは。彼は何時も使っているスーパーの店員さんであった。遊星達の食事係のような存在の私は、彼らが少しでも良いパーツを買えるように極力食費を抑えようと日々奮闘していた。そんな中、私の力になってくれたのが彼だった。決まった曜日に足を運ぶうちに彼としばしば言葉を交わすようになり、いつしか家計状況の相談もレジの合間に話したりするようになった。節約に必死な私を見かねてか、彼は同業他社のセール情報などをこっそり教えてくれるようになったのだ。そんなことを教えてしまえば他のお店に売り上げを取られることになるのに、それを厭わず力を貸してくれる彼は私にとって恩人そのものであったし、好意(それが恋愛感情か否かは別として)を抱かずにはいられなかった。そのため突然ではあったが、彼からの食事の誘いは快く承諾した。私が奢りたかったくらいだったが、そんな余裕がないことなんか相談相手の彼にはわかりきったことだったようで、僕が払ってでも貴女と食事がしたいのです、と真剣な顔をして言われた時は反射的に胸が飛び跳ねたものであった。

店先で彼と別れ、レストランで食事だなんていつぶりかしらなんて思った。そして遊星達を置いて一人でこんなにも美味しいものを食べてしまったことに若干の後ろめたさが襲ってくる。いや、いつも彼らのために奮闘してるんだもの、これくらいの贅沢いいじゃない、自分にそう言い聞かせた。帰路を上機嫌で歩く中、不意に眩しい光が襲いかかった。ヘッドライトか何かだろうけど、ピンポイントに自分に降り注いでいる。一体なんなのだ、と慌てふためいていると聞き慣れた声が私の名前を呼んだ。



「もう、普通に声かけてよ」


バイクの風切り音に掻き消されないように、私は遊星号の後部座席で運転手である遊星に叫んだ。そう、あの眩しい光は私を迎えに来た遊星号のヘッドライトであったのだ。もう少しまともな登場の仕方が出来たのではないかと怒り心頭である。夜道で一人で歩いていたのだから突然のことに中々の恐怖を感じたよ、本当。遊星でよかった。


「食事はどうだった」
「美味しかったよ。今度はみんなで来たいな」
「…そうか」


ジャックやクロウ、もちろん遊星にも食べさせたい、そう思った。いつも質素な食事ばかりでごめんね。心の中でそう謝った。次の瞬間ある疑問が思い浮かんできた。私、ガレージを出るときに友人と食事に行ってくるとみんなに告げたけれども、どこに行くかは言ってなかったはずだ。それなのに遊星はここまで迎えに来た、何故?


「…ねえ遊星、私、どこで食事するか言ったっけ?」


返事はない。聞こえてなかったのかと思い、もう一度問いかけようと大きく息を吸い込んだ。遊星の名を呼んだ後、彼の言葉に遮られる。あの男と、付き合うのか?と。驚愕で言葉を失った。友人が男とは一言も告げてない。


「それとももう付き合っているのか?」


淡々とした遊星の声が凛と響く。風切りの音で聞こえなくともおかしくないのに、彼の言葉ははっきりと私の鼓膜を揺らす。まるで言葉のナイフが胸元付近で突きつけられているかのようで、うまく呼吸ができない。遊星が、怖いと思った。彼にしがみ付いている自分の指先が微かに震えていることに気がついた。このまま彼の後ろに乗り続けているのはいけない、脳内のアラームが鳴り響いている。しかし海のすぐ横の道路を走るこのDホイールのスピードは、徐々に増している、気がする。待って、遊星。


「遊星!とめて、ねえ!」
「このまま海に突っ込んだら、死んでしまえるだろうか」
「なにをいってるの、」
「愛しいお前を他の男に取られるくらいなら、一緒に死んでしまおう」


彼の言葉に愕然として、それから彼の表情を見て絶望に叩き落とされた。彼は、本気だ。このままのスピードで目の前のカーブを曲がり切れるはずがない、そしたら私たちは一緒に下の海へと真っ逆さま。助かる気がしない上、共に助からないことを願っているこの男とならば希望はまるでない。彼の歪んだ想いにあてられて、恐怖と絶望と混乱と、ぐちゃぐちゃに混ざった感情が瞳からこぼれ落ちた。どうすれば、どうすればいいか、考えた先にあったのは、彼の狂気に応える他選択肢はなかったのだ。

小さく私は囁いた。貴方が好きよ、と。

その言葉が本当だろうが嘘だろうが、私が口にすること自体が彼の思惑だったのだ、とブレーキを掛けて止まったDホイールの上でぼんやりと思い巡らせた。遊星が振り返り、涙で濡れた私の頬を指先で拭った。


「…彼とはもう、会わないわ…」


呪文のようにその言葉を静かに繰り返した。逃げていった子猫を捕まえた子供のように安堵の笑みを浮かべた遊星は、私の頬にそれから唇にキスを振らせた。生暖かいその感触に思わず身を震わせた。強く遊星が抱きしめてくる。それから私は瞳を閉じた。現状から逃避をするかのように。

20161027
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