十代#残酷な仕打ちを | ナノ
学校に到着し、時計を確認すれば二限の時間にはまだ早すぎるタイミングであった。さてどう時間を潰そうかな、と先ほどコンビニで購入したマウントレーニアのカフェオレにストローを差しながら、ぼんやりと考えた。いつも一緒にいるメンバーはこの日は一限から授業を取っているため、授業真っ最中であるし。図書館にでも向かおうかと思いたった時だった。スマホからメッセージの受信を知らせる音がなる。片手で鞄の中でスマホを探り当て、画面に表示されたメッセージを見れば、食堂にいるよ、と友人から簡素な連絡が来ていた。まだ授業中のはずだけれど、と疑問が頭に浮かんだけれども、思い返せばあの授業の先生はなかなか気まぐれで授業を終わらせたりする先生だったな、となんとなしに納得をした。それから私は食堂に向かうことにした。

ストローでカフェオレを吸いながら、食堂にいる友人たちの前に到着すれば、揃いも揃ってなんだか複雑な表情をしながら私に向かって、ああ、羨ましい、と謎の嘆きが投げかけられた。一体なにが?心当たりは皆無である。どうすればいいのかわからず、私はストローから口を離し、それからそっとカフェオレを差し出した。


「違うから!」


友人のツッコミに、でしょうね、と呆れたように笑えば、彼女もつられて笑いながら、何故だかさも当たり前かのように私の手からカフェオレを抜き取り自分の口へと運んでいた。飲むんかい。横目でその光景を見つめながら私は空いている席へと腰掛ける。なぜ先ほどの言葉がいきなり投げかけられたのか此方から尋ねる間もなく、友人たちはある人物の名を口にした。

あんたには遊城くんが居て羨ましい、と。
その言葉を聞き、そしてみんなを一瞥し、ああ、そういうことかと納得をした。私は先月から同じ学科の遊城十代と付き合い始めた。そして今ここに集まっているメンバーはみんな揃いも揃って彼氏がいない。唯一の彼氏持ちである私が羨ましいと言ったところだろう。どうすればいいのかわからず私はただ苦笑いを零すことしかできなかった。


「わたしもときめきたい」
「わかる!ときめきとかキュンキュンが欲しい!」


砂糖菓子のように甘ったるい声で友人達は口を揃えてときめきが欲しいと言った。ときめき…ときめき?ってなに?ふと思ったのだ。私はときめいたことがあるのだろうか。十代の隣にいて私はいつときめいた?そんなことを口にしてしまえば、私に対して羨望を向けている彼女らが、軽蔑の視線に手のひら返しするのは目に見えていたため、私は口を噤んで思考する。
私が彼と付き合いだしたきっかけは、確か…。あの日のことを思い出そうとした瞬間、聞き慣れた十代が私を呼ぶ声がした。振り向けば右手をひょいと上げながら、迎えに来たぞとこちらに笑いかけていた。つられて私も右手を上げれば、背中を押されて思わず一歩前と足が進む。驚きで振り返れば友人達が行ってこいとばかりに笑顔で手を振っていた。手の動きがあっちいけと言うような動きなのが少し頂けないが、彼女らの気遣いに乗っかって私は十代の元へと向かった。


講義室で十代の隣で教科書を出している時に、思い出した。そうだこの授業、この席だ。この授業の第一回目、教室の一番後ろのこの席でオリエンテーションを聞いている時に、ふと後ろの入口のドアから誰かが入ってきたのだ。第一回目から堂々と遅刻してくるのはどんなやつだろうとちらりと盗み見た先にいたのが十代であったのだ。その時はまだ名前すら知らなくて、遅刻したのに平然と私の隣の空席に腰掛ける彼を、神経が図太いやつだと思ったものだ。それから彼は隣の席の私に講義のプリントの行方を尋ね、仕方なしに余っていたプリントが積み上げられた場所を指差せば、彼はまるで太陽のようにニカリと笑ってありがとうと言ったのだ。その姿を見て手のひらを返すように、こいつはいいやつかもしれないと思い直したものだ。それからというものの彼とは、この授業で度々席が近くなって挨拶を交わしたり、プリントを貸してもらったり、逆に貸したり、貸したり、貸したり…。いや圧倒的に貸した数のが多い気がする。というようにいつの間にか彼との距離が縮まっていて、いつの間にやら恋人という立ち位置に収まっていたのだ。これが彼と私の馴れ初めである。なんて雑な成り行きだ、と己のことながらため息が出る。ここまで彼との経緯を振り返ったところであることに気がついた。私、十代に対してときめいたことなど今まで一度たりともなかったのではないか、と。そう自覚した時に頭のてっぺんから血の気が引いて行くような思いであった。一緒にいて心地がよいし、話は面白いし、楽しい。私は、彼に恋をしているのだろうか。

ぼんやりと物思いにふけっているうちに授業はいつの間にやら終わっていたらしく、十代が心配そうに私を覗き込んだ。慌てて我に返ってなんでもないと首を振る。なんでもない、なんでもないと、自分に言い聞かせるかのように。

思い返せば私は生まれてこのかたトキメキとやらを味わったことがあったであろうか。少女漫画やドラマなんかではよく雷に打たれたような衝撃、とか息ができなくなるくらいの動悸とか言われているが、己の経験を振り返ってみるとそんな覚えは全くない。もしかしたら、私にとってのトキメキは、そこまでダイナミックなものではないのかもしれない。何事も人それぞれっていうし。自らを納得させていると、不意に隣を歩いていた十代が私の知らない名を呼んだ。十代が呼びかけたその先には青年が一人いて、彼の呼びかけに呼応するように右手を上げた。漆黒の髪の毛に、真っ白な素肌、そう、まるで女性のような。見目麗しい青年であった。

「紹介するよ、こいつ高校からの友達。万丈目だ」

どうも、と少し微笑んで万丈目くんとやらは私に握手を求めるかのように右手を差し出してきた。彼の瞳が私をまっすぐ捉えた瞬間、そう、まるで雷に打たれたかのような衝撃が、脳天を突き抜け、私は動けなくなった。心臓が慌てたように激しく脈を打ち始め、何も考えられなくなる。
ここで私は理解した。私は、恋に落ちてしまったのだ、と。
恋人の眼の前で、別の人に。

ああ、なんて私は…

20161105
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