吹雪#アイスコーヒーに死す | ナノ
ああ、死んだ。まさしくそう思った。糸が切れたように地面へとへたり込んだため、天を仰ぐかのように私は彼の一挙手一投足を息をすることすら忘れて見守った。なんで私はアイスコーヒーを買ってしまったんだろうとか。なんでこんな地面の小さな凹凸につまづいてしまったのだろうとか。なぜコーヒーをかけてしまった相手が貴方なのだろうとか。自分の行動への後悔が頭をぐるぐると駆け巡った。周りの憐れなものを見るような視線と、それから上から降ってくる容赦無く突き刺さる視線。それらが私の心を責めたてた。まるで世界全てが己の敵かのような錯覚に陥る。閉じることを忘れていた瞳にぴりぴりと痛みが走った。角膜が傷付けられる痛みに思わず忘れかけていた瞬きをした瞬間だ、強い力で引き起こされ、私の意思とは無関係に歩かされた。紛れもなく私の腕を掴んでいるのは彼であって。それから私は再び思った。ああ、死んだ、と。

きっとこれから私が連れられるのは、罰を与えるに相応しい部屋だろう。なんてったって悪気がなかったとはいえ彼に粗相をしてしまった事実は紛れもないことなのだから。力強く私の腕を引く彼はまっすぐ前を向いているためどのような表情をしているのかはわからない。いや、どんな表情をしていたとしても、彼の表情からなにを考えているのかわかるわけでもない。彼はそういった人なのだから。


「吹雪様、申し訳ありません。
どうか、御慈悲を…」


己の非礼を詫びようとも彼の足は止まらない。連れられた部屋は私の死に場所のように思えた。いや、まさしくそうなるのだろうと絶望に胸を締め付けられていると、部屋の主である吹雪様は満面の笑みで此方を見つめてきた。満面のはずなのに、背筋を凍らせるかのように不気味なその笑みに、私は唇を震わせた。


「本当はもう少し準備してから連れて来るつもりだったんだけれどね。まさかこんなにも早くに手に入れられるとは」
「一体…どういう…。私の粗相にお怒りなのでは…」
「怒ってる?まさか!寧ろその場で笑い出してしまいそうなくらい、喜ばしいことだったよ」


彼の言葉の意味が理解出来ず、私は混乱で視線をそこらかしこに泳がせた。シンプルで、しかしながら生活必需品は全て揃っていて、この部屋で何不自由なく生活出来てしまいそうな、作りをしていた。その事に気が付いてしまった私は、恐怖と信じ難い現実に思わず反射的に首を横に振った。まさか、そんな。私はここに閉じ込められる。理解し難い彼の言葉を無理くりに頭にねじ込むと、見えてくる彼の思惑は、私を我が物にしたがっている以外にはなくて。反射的に脱兎の思いで彼の横を走り去ろうとした。

すれ違いざまに頬に衝撃がぶち当たり、それから身体は軽々と吹っ飛んで、地面へと叩きつけられた。じんじんと痛みが滲んでくる頬に手を当てると、指先は震えていた。地面に平伏しながら見上げた彼は、とても愉快に笑っていた。


「僕は君を愛している。けれども言うことを聞かない子は嫌いだよ。

僕の好きな君のままでいてよ、ね?」


どうやらこの部屋は私の死に場所ではない。死にながらにして生かされる場なのだと、今まさに理解した。

20160918
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