カイザー#嫌い | ナノ
目の前の女子に、どうしたものかと頭を悩ませた。俯きながら静かに両の目から涙をぽろぽろと零す姿に、俺はため息しか出なかった。話があると呼び止められたのは今朝の話。昼休みに校舎裏に来てほしいと言った彼女は、名前も知らないどころか特に見覚えもないほどの面識の同級生だった。この手の誘い文句は今までに何度も経験があり、どうせ告白か何かだろうと見当がすぐについた。そして約束の昼休みに校舎裏へと行ってみれば、そこに待ち受けていたのはやはり俺の想像通りのことであった。そして俺は言ったのだ、面識の無い人と付き合うつもりはない、と。随分冷めた返事かも知れないが、冷静に考えれば面識の無い人と付き合って上手く行くかどうかなんて、結末は目に見えている。好意を寄せてくれていることと告白をしてくれたことに感謝は伝えれども結局返事はお断りなわけで、その返事が彼女に重くのしかかったのか突如泣き出したのである。一体俺にどうしろと。
慰めるわけでも優しい言葉をかけるわけでもなく、俺はただその姿を傍観した。涙を指先で拭いながらちらちらと此方を窺うその視線に気が付き、頭を抱えたくなった。優しい手を甘い言葉を期待しているその行動に吐き気がした。
「迷惑だ」
その一言が、正に俺の本心であったのだ。彼女は愕然とした表情を浮かべ、それから慌てて駆け出して行った。あの涙は果たして本物だったのか瞳の奥から絞り出した偽物だったのか。今となってはどうでもいい。面倒事が過ぎ去り大きなため息をついた。やりすぎて、しまっただろうか、とふと先程の自分の言動に罪悪感が湧き上がってきたと思ったら、名前を呼ばれた。声の方に振り向けば、俺を睨みつける瞳が二つ。驚きに目を見開いた。それから冷や汗がじわりと滲む。
「見てた、のか」
俺の言葉に返事をすることなく、彼女は嫌悪の視線で俺を貫く。無言は、肯定だろう。酷いところを見られてしまったものだ。傍目から見たら俺は随分酷い男であっただろう。告白してきた女子を振り、それからショックで涙を流す相手に迷惑だと吐き捨てたのだから。遠目ではあの女子の策略めいた視線に気が付くわけがないだろう。きっとあの光景を見ていた彼女には俺は悪者にしか写っていないだろう。
「…あれは、違うんだ」
「違う?言い訳のつもり?何故わたしに言うの?
あの子、本当に貴方のこと好きだったのに、酷すぎる」
その言葉にしまった、と思った。あの子は彼女の友人であったのか。違うのだといくら言い訳しようが意味がない、彼女はあの子の味方なのだから。そこではっと気が付いた。しまったと思った自身の馬鹿さ加減に。あの子が彼女の友人だと初めからわかっていたら、あんな対応をすることなどなかった。そんなことを無意識に考えて、しまったなんて思ってしまって、彼女に良く思われたいと必死になっている自分が、醜くて、無様で、笑えた。
「人を好きになる気持ちなんて、丸藤にはわからないのでしょうね」
侮蔑の視線と共に吐き出された言葉が俺の胸に突き刺さり、ずきずきと痛みを感じる。そんなことはない、君のことが好きなのだから。その言葉を口にする資格は俺にはなくて、苦しくて切なくて。俺から視線を外し歩き去っていく彼女の背中に手を伸ばしたが、彼女に指先が触れることなく虚しく空を切った。好きだと言ってしまえば、きっと彼女は迷惑だと俺を切り捨てるのだろうな。
20160905--------------